JH-A3-04|歴史総合・日本史探究 対策問題
白村江の戦い(663年)の敗戦後に倭がとった対応として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
唐・新羅の侵攻に備え、水城や朝鮮式山城を築き、防人を置いた
背景・因果
百済復興の支援に向かった倭は白村江で唐・新羅連合軍に大敗した。以後、大宰府を守る水城、対馬・北部九州の防人、各地の朝鮮式山城など防衛体制を整え、都も近江大津宮へ移された。国防の危機感が律令国家建設を加速させたと説明される。
覚えるポイント
核となる対応:「唐・新羅の侵攻に備え、水城や朝鮮式山城を築き、防人を置いた」。663年の白村江敗戦後、倭は唐・新羅の来襲を警戒し、大宰府前面の水城、朝鮮式山城、防人などを整備した。対外危機が国内の防衛・国家整備を促した。
混同防止「ただちに唐へ大軍を送って再戦した」:倭は大敗後に百済救援の大軍を再派遣せず、九州・瀬戸内の防備を固めた。直ちに唐と再戦したという経過ではない。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「唐・新羅の侵攻に備え、水城や朝鮮式山城を築き、防人を置いた」
663年の白村江敗戦後、倭は唐・新羅の来襲を警戒し、大宰府前面の水城、朝鮮式山城、防人などを整備した。対外危機が国内の防衛・国家整備を促した。
② ❌ 誤答「ただちに唐へ大軍を送って再戦した」
倭は大敗後に百済救援の大軍を再派遣せず、九州・瀬戸内の防備を固めた。直ちに唐と再戦したという経過ではない。
③ ❌ 誤答「九州の防備をすべて廃止した」
敗戦後は北部九州の防衛を廃止するどころか、水城・大野城などを築き、防人を配置して強化した。対応の方向が逆である。
④ ❌ 誤答「新羅と同盟して唐と戦った」
白村江では倭・百済復興軍が唐・新羅連合軍に敗れた。敗戦後に新羅と軍事同盟を結んで唐と戦ったという事実はない。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。