JT3-C01歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究C 近世の日本と世界(1) 近世への転換と歴史的環境

1600年の関ヶ原の戦いで徳川家康が破った、西軍の中心人物はだれか。

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正解: 3

正解

石田三成

背景・因果

豊臣政権の五奉行の一人石田三成は、毛利輝元を総大将に立てて西軍を組織したが、1600年9月の関ヶ原の戦いで小早川秀秋の寝返りもあり東軍の家康に敗れた。勝利した家康は1603年に征夷大将軍となり江戸幕府を開いた。

覚えるポイント

「関ヶ原(1600年)→将軍就任(1603年)→大坂の陣(1614〜15年)」の順序が整序問題の定番。豊臣家滅亡は大坂夏の陣(1615年)である点も正確に。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「真田幸村」
真田幸村は西軍側の武将だが関ヶ原本戦には参加せず、父昌幸と上田城で徳川秀忠軍を足止めした。西軍全体の中心ではない。

② ❌ 誤答「明智光秀」
明智光秀は1582年の本能寺の変後、山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れて死亡した。関ヶ原より18年前の人物である。

③ ✅ 正解「石田三成」
石田三成は徳川家康に対抗する西軍の実質的中心となり、毛利輝元を総大将に立てて1600年の関ヶ原で戦った。敗戦後に捕らえられ処刑された。

④ ❌ 誤答「豊臣秀頼」
豊臣秀頼は豊臣政権の後継者で両軍が名目上その権威を掲げたが、関ヶ原の西軍を現地で指揮した中心人物ではない。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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