JH-C3-04歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究C 近世の日本と世界(3) 近世の国家・社会の展開と画期

江戸時代の三都について述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 3

正解

大坂は「天下の台所」と呼ばれ、諸藩の蔵屋敷が置かれて年貢米や特産物が取引された

背景・因果

三都は江戸・大坂・京都。大坂には諸藩の蔵屋敷が集まり、蔵物の取引で「天下の台所」と呼ばれた。江戸は「将軍のお膝元」で人口約100万の巨大消費都市、京都は西陣織など高級手工業と文化の中心。三都を結ぶ南海路には菱垣廻船・樽廻船が就航した。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「大坂は「天下の台所」と呼ばれ、諸藩の蔵屋敷が置かれて年貢米や特産物が取引された」。大坂には中之島などに諸藩の蔵屋敷が集まり、年貢米・特産物を売却したため『天下の台所』と呼ばれた。堂島米市場も全国的な米価形成に関わった。

  • 混同防止「江戸は人口数万人の小さな城下町だった」:江戸は将軍のお膝元で、18世紀には人口約100万に達する世界有数の巨大消費都市だった。数万人規模の小都市という説明は合わない。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「京都は港町として海外貿易の中心だった」
京都は内陸の宮廷文化と西陣織など高級手工業の中心で、海外貿易港ではない。近世の海外貿易の主要窓口は長崎である。

② ❌ 誤答「三都とは江戸・大坂・長崎を指す」
三都は江戸・大坂・京都を指す。長崎は重要な貿易都市だが、京都に代わる三都の一つではない。

③ ✅ 正解「大坂は「天下の台所」と呼ばれ、諸藩の蔵屋敷が置かれて年貢米や特産物が取引された」
大坂には中之島などに諸藩の蔵屋敷が集まり、年貢米・特産物を売却したため『天下の台所』と呼ばれた。堂島米市場も全国的な米価形成に関わった。

④ ❌ 誤答「江戸は人口数万人の小さな城下町だった」
江戸は将軍のお膝元で、18世紀には人口約100万に達する世界有数の巨大消費都市だった。数万人規模の小都市という説明は合わない。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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