JT2-A15|歴史総合・日本史探究 対策問題
724年に築かれた多賀城の役割として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
陸奥国府と鎮守府が置かれた東北経営の拠点
背景・因果
多賀城(宮城県)には陸奥国府と鎮守府が置かれ、城柵を拠点に蝦夷支配が進められた。のち鎮守府は坂上田村麻呂が築いた胆沢城へ移る。
覚えるポイント
「多賀城→胆沢城」の移動は支配前線の北上を意味する。出羽側の秋田城とあわせ、城柵の分布図問題も出る。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「陸奥国府と鎮守府が置かれた東北経営の拠点」
多賀城は724年に陸奥国府と鎮守府が置かれた東北経営の拠点で、蝦夷支配の城柵だった。のちに支配前線が北上すると鎮守府は胆沢城へ移った。
② ❌ 誤答「遣唐使の出発港」
遣唐使は難波津や博多などから海路へ出たが、多賀城は内陸の東北支配拠点である。対外使節の出発港ではない。
③ ❌ 誤答「平城京の外港」
平城京の外港として機能したのは難波津などで、多賀城は宮城県に置かれた陸奥国府である。畿内と東北の地域が一致しない。
④ ❌ 誤答「琉球との交易拠点」
琉球との交易が政治的に重要になるのは中世以降で、多賀城の役割ではない。多賀城は8世紀の蝦夷支配・東北防衛に関わる。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。