JT3-A18|歴史総合・日本史探究 対策問題
疫病や争乱が続くなか、大仏造立の詔を出した天皇はだれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
聖武天皇
背景・因果
聖武天皇は、藤原広嗣の乱や疫病(天然痘で藤原四子が死去)が続く不安のなか、仏教の力で国家を守る鎮護国家の思想に基づき、国分寺建立の詔(741年)と大仏造立の詔(743年)を出した。大仏の開眼供養は752年、娘の孝謙天皇の代に行われた。
覚えるポイント
「災異→鎮護国家→国分寺・大仏」という因果構造で問われる。行基の協力、開眼供養にインドの僧が参加した国際性も資料問題の素材。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「聖武天皇」
聖武天皇は疫病・藤原広嗣の乱などの不安に対し鎮護国家思想を重視し、741年に国分寺建立、743年に大仏造立を命じた。
② ❌ 誤答「天武天皇」
天武天皇は壬申の乱後の7世紀後半に律令国家形成を進めた。東大寺大仏の造立詔を出した奈良時代の天皇ではない。
③ ❌ 誤答「桓武天皇」
桓武天皇は平安京遷都と蝦夷征討、律令政治再建を進めた。大仏造立詔より約半世紀後の天皇である。
④ ❌ 誤答「推古天皇」
推古天皇は7世紀初めに冠位十二階・遣隋使などを進めた。8世紀の国分寺・大仏政策とは時代が異なる。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。