JH-A3-14|歴史総合・日本史探究 対策問題
桓武天皇の政策として最も適切な組合せはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
平安京への遷都と、坂上田村麻呂を征夷大将軍とする蝦夷への遠征
背景・因果
桓武天皇は784年に長岡京、794年に平安京へ遷都して政治の刷新を図り、坂上田村麻呂を征夷大将軍として東北の蝦夷と戦わせた(アテルイの降伏、胆沢城の設置)。勘解由使の設置や班田の励行など律令制の立て直しも進めた。「軍事と造作」の負担が民を苦しめたとする徳政論争も資料として出る。
覚えるポイント
核となる対応:「平安京への遷都と、坂上田村麻呂を征夷大将軍とする蝦夷への遠征」。桓武天皇は長岡京を経て794年に平安京へ遷都し、坂上田村麻呂を征夷大将軍として蝦夷征討を進めた。政治刷新と東北経営の組合せである。
混同防止「平城京への遷都と大仏の造立」:平城京遷都は710年の元明天皇、大仏造立は奈良時代の聖武天皇と対応する。桓武天皇の政策ではない。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「平城京への遷都と大仏の造立」
平城京遷都は710年の元明天皇、大仏造立は奈良時代の聖武天皇と対応する。桓武天皇の政策ではない。
② ❌ 誤答「大宝律令の制定と遣隋使の派遣」
大宝律令は701年に文武天皇のもとで制定され、遣隋使は推古天皇の時代に派遣された。いずれも桓武朝より前である。
③ ❌ 誤答「摂政・関白の設置と遣唐使の停止」
遣唐使停止の建議は894年の菅原道真で、桓武天皇の時代ではない。摂政・関白の確立も藤原氏の摂関政治と対応する。
④ ✅ 正解「平安京への遷都と、坂上田村麻呂を征夷大将軍とする蝦夷への遠征」
桓武天皇は長岡京を経て794年に平安京へ遷都し、坂上田村麻呂を征夷大将軍として蝦夷征討を進めた。政治刷新と東北経営の組合せである。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。