JT3-A19|歴史総合・日本史探究 対策問題
794年に平安京へ遷都した桓武天皇の政策として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
国司の交替を監督する勘解由使を置いた
背景・因果
桓武天皇は長岡京を経て794年に平安京へ遷都し、律令政治の立て直しを図った。国司交替の引き継ぎを審査する勘解由使の設置、雑徭の半減、東北では坂上田村麻呂を征夷大将軍として蝦夷平定を進めた。また一部の国を除き軍団を廃止して健児を採用した。
覚えるポイント
「遷都と蝦夷征討(軍事と造作)」が桓武の二大事業。晩年に藤原緒嗣の意見でこの二大事業を停止した徳政相論も頻出。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「墾田永年私財法を制定した」
墾田永年私財法は743年に聖武天皇のもとで出された。794年に遷都した桓武天皇の政策ではない。
② ❌ 誤答「大仏造立の詔を出した」
大仏造立の詔も743年に聖武天皇が出した。桓武天皇は寺院勢力から距離を取るため奈良を離れた。
③ ❌ 誤答「冠位十二階を定めた」
冠位十二階は603年、推古天皇期に厩戸王らが制定した。桓武朝より約二世紀前の制度である。
④ ✅ 正解「国司の交替を監督する勘解由使を置いた」
桓武天皇は国司交替時の事務引継ぎを監査する令外官・勘解由使を設置し、地方行政の立て直しを図った。健児制や雑徭半減も行った。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。