JT3-C12|歴史総合・日本史探究 対策問題
天保の改革(水野忠邦)が物価引下げのために行い、かえって流通を混乱させた政策はどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
株仲間の解散
背景・因果
老中水野忠邦は1841年、物価騰貴の原因を株仲間の独占にあるとみて株仲間の解散を命じた。しかし実際の原因は生産地からの供給減などにあり、流通網がかえって混乱して逆効果となった(1851年に再興)。江戸・大坂周辺を直轄地にする上知令は大名・旗本の反対で撤回され、忠邦は失脚した。
覚えるポイント
「株仲間解散=原因分析を誤った失敗政策」という評価まで問われる。人返しの法(強制帰村)と寛政の旧里帰農令(奨励)の強制度の違いも定番。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「株仲間の解散」
水野忠邦は株仲間が物価をつり上げていると考えて解散させたが、流通機構が混乱し物価引下げに失敗した。天保の改革の代表的失策である。
② ❌ 誤答「楽市楽座」
楽市楽座は織田信長らが16世紀に座の特権や市場税を廃した政策である。江戸時代天保期の改革ではない。
③ ❌ 誤答「棄捐令」
棄捐令は寛政の改革で松平定信が旗本・御家人の借金を整理した政策である。物価対策として株仲間を解散した政策ではない。
④ ❌ 誤答「上げ米」
上げ米は享保の改革で徳川吉宗が大名から米を納めさせた政策である。天保の物価引下げ策ではない。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。