JT3-D09|歴史総合・日本史探究 対策問題
1871年に出発した岩倉使節団の目的として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
条約改正の予備交渉と欧米の制度・文物の視察
背景・因果
岩倉具視を全権大使、木戸孝允・大久保利通・伊藤博文らを副使とする使節団は、1871年から約1年10カ月、米欧12カ国を回った。条約改正の予備交渉は最初の訪問国アメリカで挫折したが、欧米の制度・産業の視察に切り替え、「内治優先」の路線を固めて帰国した。津田梅子ら女子留学生も同行した。
覚えるポイント
「使節団の帰国→征韓論政変(1873年)」で留守政府の西郷らと対立する流れが最頻出。『米欧回覧実記』(久米邦武)は資料問題の定番史料。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「ハワイ移民の送出交渉」
ハワイ移民の送出交渉を主目的とせず、不平等条約改正と欧米制度調査を行った。官費移民の本格化は後の時期である。
② ✅ 正解「条約改正の予備交渉と欧米の制度・文物の視察」
岩倉使節団は条約改正の予備交渉を試みるとともに、欧米各国の政治・産業・教育・軍事制度を視察した。交渉準備不足から条約改正は実現しなかった。
③ ❌ 誤答「清との軍事同盟の締結」
清と軍事同盟を結ぶ使節ではなく、主な訪問先はアメリカ・ヨーロッパ諸国だった。東アジア同盟は目的に含まれない。
④ ❌ 誤答「朝鮮への武力示威」
朝鮮への武力示威ではなく、欧米への長期使節である。征韓論争は使節団帰国後の1873年に政府内で起こった。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。