KZ-R7HB-03歴史総合・日本史探究 対策問題

共通テスト図版チャレンジ令和7年度 本試験(旧日本史B)

年表によれば、馬の改良を担う馬政局は1906年に設置された。その背景として最も適切なものはどれか。

KZ-R7HB-03の問題図版
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正解: 4

正解

日露戦争で日本の軍馬の能力不足が課題となったから

背景・因果

日露戦争(1904〜05年)で在来馬の体格・能力が列強の軍馬に劣ることが痛感され、翌1906年に馬政局が設置されて馬の改良が国家事業となった。戦争が産業や畜産まで動かした例である。

覚えるポイント

年表の起点1906年=日露戦争(1904〜05年)の直後、という年号の近さで因果を推定する。「戦争→制度創設」の型。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「西南戦争で騎兵が全滅したから」
西南戦争は1877年で、馬政局設置より約30年前である。騎兵が全滅したという事実もなく、直接の契機は日露戦争で判明した軍馬の能力不足だった。

② ❌ 誤答「牛の伝染病が流行したから」
牛の伝染病対策なら牛の衛生・畜産制度が中心となり、軍馬改良を担う馬政局の設置理由にはならない。名称と対象動物も一致しない。

③ ❌ 誤答「自動車の普及で馬が不要になったから」
1906年の日本では自動車はまだ一般に普及せず、軍事輸送や騎兵に馬が必要だった。馬が不要になったのではなく、能力向上が国家的課題となった。

④ ✅ 正解「日露戦争で日本の軍馬の能力不足が課題となったから」
日露戦争の1904〜05年に日本の軍馬が列強の軍馬より体格・能力で劣ることが課題となり、翌1906年に馬政局が設置された。年表の設置年と直前の戦争が因果を示す。

共通テスト攻略

  • 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
  • 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
  • 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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