PE6-058公共・政治経済 対策問題

政治・経済B 現代日本の経済(3) 日本経済の歩みと課題

高度経済成長期の公害問題への対応として最も適切なものはどれか。

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正解: 4

正解

四大公害訴訟がいずれも被害者側の勝訴となり、1967年の公害対策基本法制定や1971年の環境庁設置につながった

この問題のポイント

四大公害訴訟の結果と公害行政の展開を問う問題。「訴訟は全て原告勝訴」「1967年基本法・1971年環境庁」の流れで解ける。

解説

高度経済成長は、生産第一主義の陰で深刻な公害を生んだ。特に四大公害病が知られる。

  • 水俣病(熊本県・有機水銀)
  • 新潟水俣病(新潟県・有機水銀)
  • 四日市ぜんそく(三重県・亜硫酸ガス)
  • イタイイタイ病(富山県・カドミウム)
    1960年代後半に始まった四大公害訴訟は、1970年代前半までにすべて被害者(原告)側の勝訴となり、企業の責任が厳しく問われた。
    世論の高まりを受け、1967年に公害対策基本法が制定され、1970年のいわゆる公害国会で規制が強化、1971年には環境庁(2001年から環境省)が設置された。
    その後、地球環境問題への対応も含め、1993年に公害対策基本法は環境基本法へ発展的に継承された。汚染者負担の原則(PPP)や無過失責任の考え方もこの過程で確立した。

ひっかけポイント
四大公害病の病名・地域・原因物質の組合せと、「すべて原告勝訴」という結果が最頻出。公害対策基本法(1967年)→環境基本法(1993年)の継承関係も問われる。

選択肢の確認

①「四大公害訴訟はすべて企業側が勝訴した」
誤り。
四大公害訴訟はいずれも被害者側の勝訴に終わっており、企業側勝訴という記述は正反対である。

②「公害対策基本法は明治時代に制定された」
誤り。
公害対策基本法は高度成長期の1967年に制定された法律であり、明治時代の立法ではない。

③「環境庁は戦前から存在した官庁である」
誤り。
環境庁は1971年に新設された官庁であり(2001年から環境省)、戦前には存在しない。

④「四大公害訴訟がいずれも被害者側の勝訴となり、1967年の公害対策基本法制定や1971年の環境庁設置につながった」
正しい。
正解。水俣病・新潟水俣病・四日市ぜんそく・イタイイタイ病の四大公害訴訟はすべて原告側が勝訴し、1967年公害対策基本法・1971年環境庁設置につながった。

覚えるポイント

  • 四大公害訴訟はすべて被害者側勝訴
  • 1967年公害対策基本法、1971年環境庁設置
  • 1993年環境基本法へ発展

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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