PE6-063|公共・政治経済 対策問題
バブル崩壊後の1990年代の日本経済についての説明として最も適切なものはどれか。
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正解: 4
正解
金融機関に巨額の不良債権が残り、1997年には北海道拓殖銀行や山一証券が経営破綻するなど金融危機が深刻化した
この問題のポイント
平成不況と1997年金融危機を問う問題。「不良債権→貸し渋り→金融危機」という流れと、破綻した金融機関の名前がカギ。
解説
バブル崩壊で地価・株価が暴落すると、融資の担保価値が失われ、銀行は回収の見込めない不良債権の山を抱えた。日本経済は平成不況と呼ばれる長期停滞に入り、1990年代は「失われた10年」と呼ばれた(停滞の長期化とともに「失われた30年」という言い方もされる)。
1997年には、消費税の5%への引上げやアジア通貨危機も重なって景気が悪化し、北海道拓殖銀行(都市銀行)と山一証券(四大証券の一角)が相次いで経営破綻した。金融システム不安の中で、銀行が融資を絞る貸し渋りや貸しはがしが起こり、企業倒産が続出した。
政府は預金の全額保護や公的資金の注入で対応し、金融行政を担う金融監督庁(現在の金融庁)を発足させた。デフレーションが進行し、日銀のゼロ金利政策・量的緩和政策が導入されるのもこの流れである。
ひっかけポイント
1997年破綻の組合せ「拓銀・山一」が最頻出。この時期はインフレではなくデフレであり、物価急騰とする誤答は正反対。
選択肢の確認
①「不良債権問題はすぐに解決し、1990年代を通じて高度成長が続いた」
❌ 誤り。
不良債権の処理は2000年代前半まで長引き、1990年代は失われた10年と呼ばれる長期停滞となった。
②「1997年にはすべての銀行が国有化された」
❌ 誤り。
1997年に破綻したのは拓銀・山一などであり、すべての銀行が国有化された事実はない。公的資金注入や一部銀行の一時国有化にとどまる。
③「この時期には物価が年率20%超のペースで上昇し続けた」
❌ 誤り。
この時期はむしろ物価が下がるデフレが進行しており、年率20%超のインフレという記述は正反対である。
④「金融機関に巨額の不良債権が残り、1997年には北海道拓殖銀行や山一証券が経営破綻するなど金融危機が深刻化した」
✅ 正しい。
正解。バブル崩壊で銀行は巨額の不良債権を抱え、1997年には北海道拓殖銀行と山一証券が破綻して金融危機が深刻化、貸し渋りが広がった。
覚えるポイント
- バブル崩壊後は不良債権問題で長期停滞(失われた10年)
- 1997年に拓銀・山一が破綻、貸し渋り発生
- デフレ進行がゼロ金利・量的緩和につながる
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。