KZ-R7T-13|歴史総合・世界史探究 対策問題
グラフでは1974年のアジア競技大会がテヘランで開催されたことが示されている。この大会ののち、開催国イランで起こった変動として最も適切なものはどれか。

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正解: 1
正解
1979年の革命で王政が倒れ、宗教指導者を最高権力とするイスラーム共和国が成立した
この問題のポイント
テヘラン大会(1974年)後のイランの変動を問う問題。パフレヴィー朝の上からの近代化への反発が、1979年のイラン革命に爆発した流れを押さえる。
解説
1970年代のイランは、パフレヴィー2世の王政のもと、石油収入を背景に「白色革命」と呼ばれる上からの近代化を進めていた。テヘランでのアジア競技大会開催は、その国力を誇示する場でもあった。
しかし急速な欧米化と専制、貧富の差の拡大は、国民の不満を蓄積させた。1979年、亡命中の宗教指導者ホメイニを精神的支柱とするイラン革命が起こり、国王は亡命、王政は崩壊した。
成立したイラン・イスラーム共和国は、シーア派の宗教指導者が最高権力を持つ体制で、欧米型の近代化とも社会主義とも異なる道を宣言した。
革命の混乱は第2次石油危機を引き起こし、1980年にはイラン・イラク戦争も勃発する。華やかな国際大会の開催国が数年で革命に至る展開は、開発独裁の脆さを示す事例として問われる。
ひっかけポイント
イラン革命は社会主義革命ではなく、イスラーム的価値への回帰を掲げた宗教的革命である点が独自。革命後のイランはアメリカともソ連とも距離を置いた。
選択肢の確認
①「1979年の革命で王政が倒れ、宗教指導者を最高権力とするイスラーム共和国が成立した」
✅ 正しい。
正解。パフレヴィー朝の近代化路線への反発から1979年にイラン革命が起こり、ホメイニを指導者とするイスラーム共和国が成立した。
②「社会主義革命が起こってソ連に加盟した」
❌ 誤り。
イラン革命は社会主義革命ではなく、イスラーム的価値への回帰を掲げた革命であり、ソ連に加盟した事実もない。
③「王政が強化されて現在まで続いている」
❌ 誤り。
パフレヴィー朝の王政は1979年の革命で崩壊しており、現在まで続いているという説明は誤りである。
④「イギリスの植民地として併合された」
❌ 誤り。
20世紀のイランは英ソの勢力圏争いにさらされたが植民地化はされておらず、1970年代以降にイギリスへ併合された事実はない。
覚えるポイント
- 1979年イラン革命、ホメイニ指導でパフレヴィー朝崩壊
- イスラーム共和国は宗教指導者が最高権力
- 革命は第2次石油危機とイラン・イラク戦争の引き金に
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。