KZ-R8H-15歴史総合・世界史探究 対策問題

共通テスト図版チャレンジ令和8年度 本試験

グラフの舞台であるカザフスタンなど中央アジアがソ連の一部となるまでの経緯として最も適切なものはどれか。

KZ-R8H-15の問題図版
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正解: 2

正解

19世紀にロシア帝国が征服・併合し、ロシア革命を経てソ連を構成する地域となった

この問題のポイント

カザフスタンなど中央アジアがソ連領となった経緯を問う問題。19世紀のロシア帝国による征服と、革命後の連邦編入という2段階で整理する。

解説

カザフ草原の遊牧民は、18世紀からロシアの保護下に入り始め、19世紀半ばまでにロシア帝国の支配下に組み込まれた。ロシアはさらに南へ進み、19世紀後半にはブハラ・ヒヴァ・コーカンドの3ハン国を征服・保護国化して、トルキスタン全域を勢力圏とした。
南下するロシアと、インドを守るイギリスが中央アジアで対峙したこの駆け引きは「グレートゲーム」と呼ばれる。
1917年のロシア革命後、中央アジアにも革命政権の支配が及び、1922年成立のソヴィエト連邦のもとで民族別の共和国に再編された。カザフスタンは1936年に連邦構成共和国となっている。
グラフが示す1930年代の悲劇は、この帝国支配から連邦編入への延長線上で起こった。1991年のソ連解体により、カザフスタンなど中央アジア5カ国は独立国となった。

ひっかけポイント
「第二次世界大戦後に占領」は約1世紀遅い。オスマン帝国や清はこの地域の割譲元ではなく、ロシア自身の軍事的征服による併合である点を押さえる。

選択肢の確認

①「住民投票によって清からソ連へ編入された」
誤り。
清の勢力圏は新疆やモンゴル方面であり、カザフ草原の帰属が住民投票で決められた事実もない。ロシアの軍事的征服による併合である。

②「19世紀にロシア帝国が征服・併合し、ロシア革命を経てソ連を構成する地域となった」
正しい。
正解。カザフ草原は19世紀までにロシア帝国に組み込まれ、ロシア革命後はソヴィエト連邦の構成地域として民族別共和国に再編された。

③「第二次世界大戦後に初めてソ連に占領された」
誤り。
ロシアの中央アジア支配は19世紀に確立しており、第二次世界大戦後に初めて占領されたという説明は約1世紀遅い。

④「オスマン帝国が20世紀にソ連へ割譲した」
誤り。
オスマン帝国の領土は西アジア・バルカン方面で、中央アジアの草原地帯を支配してソ連へ割譲した事実はない。

覚えるポイント

  • 19世紀にロシアが中央アジアを征服(3ハン国の服属)
  • 英露の対峙はグレートゲームと呼ばれる
  • ソ連解体(1991年)で中央アジア5カ国が独立

共通テスト攻略

  • 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
  • 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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