KZ-R8H-06|歴史総合・世界史探究 対策問題
同じグラフで1930年代を通じて都市人口は増加している。この時期のソ連の都市人口増加の主な要因はどれか。

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正解: 2
正解
五カ年計画による急速な工業化で労働力が都市へ集中した
この問題のポイント
1930年代のソ連で都市人口が増加した要因を問う問題。五カ年計画の急速な工業化による都市への労働力集中という、農村激減との表裏の関係を読み取る。
解説
1930年代のソ連では、五カ年計画のもとで製鉄所・機械工場・鉱山の建設が各地で進められた。マグニトゴルスクのような工業都市が荒野に新設されたのは象徴的である。
工場は大量の労働者を必要とし、人々は農村から都市へ移動した。集団化で生活基盤を壊された農民が、都市の工場へ押し出されたという側面も大きい。
こうしてグラフでは、農村人口の激減と都市人口の増加が同時に進行している。つまり2本の線の対照的な動きは、同じ政策(五カ年計画・集団化)の表と裏なのである。
この都市化は市場の力によるものではなく、国家の計画による強制的な工業化の産物である点で、西側諸国の都市化とは性格が異なる。
ひっかけポイント
「市場経済の導入」は正反対(ソ連は計画経済)。農村の減少と都市の増加を別々の原因で説明せず、同一の政策の両面として捉えられるかが問われる。
選択肢の確認
①「観光業が急成長した」
❌ 誤り。
当時のソ連で観光業が経済の柱となった事実はなく、都市化を進めたのは急速な工業化である。
②「五カ年計画による急速な工業化で労働力が都市へ集中した」
✅ 正しい。
五カ年計画は重工業建設を最優先し、工場や鉱山の建設ラッシュが都市への大規模な人口移動を生んだ。
③「市場経済の導入で商業都市が栄えた」
❌ 誤り。
1930年代のソ連は計画経済のもとにあり、市場の要素を認めたネップは1920年代で既に終わっていた。
④「植民地からの移民が流入した」
❌ 誤り。
ソ連は海外植民地から移民を受け入れる立場になく、それが都市人口増加の要因になることはない。
覚えるポイント
- 五カ年計画の工業化が都市へ労働力を吸収
- 集団化が農民を農村から押し出した
- 計画経済下の都市化は国家主導で市場によらない
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。