KZ-R8H-03|歴史総合・世界史探究 対策問題
グラフ2〜4は香港の人口構成(現地の人・華僑華人・宗主国の人など)を示す。この時期の香港の宗主国はどこか。

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正解: 1
正解
イギリス
この問題のポイント
香港の宗主国を問う問題。アヘン戦争後の南京条約による香港島割譲から1997年返還まで、イギリス植民地としての香港の歴史で解ける。
解説
香港がイギリス領となる出発点は、アヘン戦争(1840〜42年)である。1842年の南京条約で清は香港島をイギリスに割譲した。
その後、アロー戦争後の北京条約(1860年)で九竜半島南部が加わり、1898年には新界が99年間の期限で租借された。この3段階で現在の香港の範囲ができあがる。
香港は自由貿易港としてアジア交易の拠点に成長し、グラフの「宗主国の人」はごく少数のイギリス人支配層を指す。現地の中国系住民が圧倒的多数という構成は、植民地社会の典型である。
新界租借の期限が切れる1997年、香港全体が中国へ返還され、一国二制度の下に置かれた。
ひっかけポイント
マカオの宗主国はポルトガル(1999年返還)で、香港=イギリスとの対応を入れ替えるのが定番のひっかけ。割譲(香港島)と租借(新界)の違いも問われる。
選択肢の確認
①「イギリス」
✅ 正しい。
香港はアヘン戦争後の南京条約(1842年)で香港島がイギリスに割譲されて以来イギリスの植民地となり、1997年に中国へ返還された。
②「ポルトガル」
❌ 誤り。
ポルトガルが統治したのは香港ではなくマカオで、1999年に中国へ返還された。
③「フランス」
❌ 誤り。
フランスがアジアで植民地としたのはベトナム・カンボジア・ラオスのインドシナであり、香港ではない。
④「オランダ」
❌ 誤り。
オランダが長く支配したのはインドネシアで、香港の宗主国ではない。
覚えるポイント
- 南京条約(1842年)で香港島をイギリスへ割譲
- 1898年新界を99年租借→1997年中国返還
- マカオはポルトガル領、1999年返還
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。