KZ-R8H-16|歴史総合・世界史探究 対策問題
パネルが示す1930年代半ばよりのち、日中戦争が始まると朝鮮で強められた政策として最も適切なものはどれか。

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正解: 1
正解
「皇民化」政策が進められ、神社参拝や日本式氏名への改変(創氏改名)が強制された
この問題のポイント
1930年代後半以降の朝鮮で強められた政策を問う問題。日中戦争下の総動員体制と一体で進められた皇民化政策の内容(神社参拝・創氏改名・日本語強制)を押さえる。
解説
1937年に日中戦争が始まると、日本は朝鮮を大陸への兵站基地と位置づけ、人と物資を戦争に動員する体制を強めた。その思想面の柱が「皇民化」政策である。
朝鮮の人々を「天皇の臣民」に作り替えるとして、神社参拝や宮城遥拝、「皇国臣民の誓詞」の唱和が強制された。学校では朝鮮語の使用が制限され、日本語教育が徹底される。1940年前後には、日本式の氏名を名乗らせる創氏改名が進められた。
さらに戦争末期には、志願兵制度から徴兵制へと拡大し、多くの朝鮮人が労務動員や徴兵の対象となった。
パネルが示した京城の都市の二重構造に加え、生活・言語・氏名にまで支配が及んだことを示すのがこの政策であり、植民地支配の同化主義の典型として問われる。
ひっかけポイント
皇民化は朝鮮語の公用語化とは正反対の言語統制を伴った。武断政治(1910年代)→文化政治(1919年三・一独立運動後)→皇民化(日中戦争期)という統治方針の時期区分も頻出。
選択肢の確認
①「「皇民化」政策が進められ、神社参拝や日本式氏名への改変(創氏改名)が強制された」
✅ 正しい。
正解。日中戦争開始後の朝鮮では皇民化政策がとられ、神社参拝の強制や創氏改名、日本語教育の徹底が進められた。
②「朝鮮語を公用語とする教育改革が行われた」
❌ 誤り。
皇民化政策では朝鮮語の使用がむしろ制限され、日本語が強制された。朝鮮語の公用語化という説明は実態と正反対である。
③「朝鮮王朝の王政復古が認められた」
❌ 誤り。
朝鮮総督府による統治は王政の復活を認めておらず、旧王宮の正面に総督府庁舎を建てたことが示すように旧王朝の権威は否定されていた。
④「統治権が国際連盟に移管された」
❌ 誤り。
朝鮮は日本の直接統治下にあり、国際連盟への統治権移管という事実はない。委任統治は第一次世界大戦の敗戦国の旧領に適用された制度である。
覚えるポイント
- 日中戦争(1937年〜)を機に皇民化政策が本格化
- 神社参拝・日本語強制・創氏改名が柱
- 戦争末期には徴兵制まで拡大
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。