KZ-R7TB-09歴史総合・世界史探究 対策問題

共通テスト図版チャレンジ令和7年度 追・再試験(旧世界史B)

図の事件より前の1860年代〜70年代初め、朝鮮がとっていた対外政策として最も適切なものはどれか。

KZ-R7TB-09の問題図版
解答・解説を見る

正解: 2

正解

実権を握った大院君が攘夷政策を進め、フランスやアメリカの艦隊を撃退した

この問題のポイント

江華島事件前の朝鮮の対外政策を問う問題。大院君の攘夷(丙寅洋擾・辛未洋擾)から、政権交代後の開国交渉、そして江華島事件へという流れを押さえる。

解説

1860年代の朝鮮では、幼い国王高宗に代わって父の大院君が実権を握り、内政改革とともに強硬な攘夷政策をとった。
キリスト教弾圧を機に来攻したフランス艦隊(1866年、丙寅洋擾)、通商を求めたアメリカ艦隊(1871年、辛未洋擾)をいずれも江華島周辺で撃退し、各地に斥和碑を建てて鎖国の決意を示した。
江華島が首都漢城の喉元にあたる防衛の要地だったことは、図の雲揚号の航路がまさに同じ場所を突いたことと重なる。
1873年に大院君が退くと、閔氏一族の政権は対外方針を緩め、日本との交渉の余地が生まれた。その転換期を突くように1875年、江華島事件が起こり、朝鮮は翌年開国へ追い込まれる。攘夷から開国への転換点として整理したい。

ひっかけポイント
江華島は仏・米・日の艦隊が繰り返し向かった要地である。攘夷に成功した2度の洋擾と、開国につながった江華島事件との結果の違いを対比して覚える。

選択肢の確認

①「海禁を解いて自由貿易港を各地に開いていた」
誤り。
朝鮮は対外貿易を厳しく制限しており、開港が進むのは日朝修好条規(1876年)以降の開国後である。

②「実権を握った大院君が攘夷政策を進め、フランスやアメリカの艦隊を撃退した」
正しい。
正解。1860年代の朝鮮では大院君が攘夷政策をとり、1866年にフランス艦隊(丙寅洋擾)、1871年にアメリカ艦隊(辛未洋擾)を江華島周辺で撃退した。

③「欧米諸国と次々に通商条約を結んで開国していた」
誤り。
朝鮮が欧米と通商条約を結ぶのは1880年代(1882年の米朝修好通商条約など)以降で、江華島事件より前は攘夷・鎖国の立場だった。

④「清との宗属関係を断ち、日本と軍事同盟を結んでいた」
誤り。
朝鮮は清を宗主国とする冊封関係の中にあり、これを断って日本と軍事同盟を結んだ事実はない。

覚えるポイント

  • 大院君の攘夷、丙寅洋擾1866年(仏)・辛未洋擾1871年(米)
  • 1873年大院君退陣で閔氏政権へ
  • 1875年江華島事件から開国へ転換

共通テスト攻略

  • 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
  • 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

KZ-R7TB-08KZ-R8H-01