WT6-I23|歴史総合・世界史探究 対策問題
1937年に始まった日中戦争に対する国際社会の対応として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
米英などは中国を支援するルート(援蔣ルート)を通じて物資を送った
この問題のポイント
日中戦争への国際社会の対応を問う問題。米英などによる援蔣ルートを通じた中国支援が答え。
解説
1937年に始まった日中戦争は、日本の予想に反して長期化した。国民政府が重慶に遷都して抗戦を続けたからである。
米英仏ソは、ビルマ経由・フランス領インドシナ経由などの援蔣ルートを通じて、蔣介石の国民政府に武器や物資を送り続けた。
日本はこのルートの遮断を狙い、1940年に北部仏印進駐、1941年に南部仏印進駐を行った。しかしこれはアメリカの強い反発を招き、屑鉄・石油の対日禁輸という経済制裁につながった。
「援蔣ルート遮断→仏印進駐→米の禁輸→日米開戦」という因果の鎖は、太平洋戦争前夜を理解する核心であり、日本史・世界史・歴史総合のすべてで問われる。
ひっかけポイント
国際社会は日本を支援したのではなく中国を支援した、という方向を取り違えない。ソ連も中国を支援しており、「拒否した」とする選択肢は誤り。
選択肢の確認
①「米英などは中国を支援するルート(援蔣ルート)を通じて物資を送った」
✅ 正しい。
正解。日中戦争が長期化すると、米英などはビルマや仏印を経由する援蔣ルートで蔣介石の国民政府へ物資を送った。
②「国際社会は一致して日本を支援した」
❌ 誤り。
国際世論はおおむね中国に同情的で、米英は中国を支援した。一致して日本を支援した事実はない。
③「ソ連は中国への支援を拒否した」
❌ 誤り。
ソ連は開戦直後に中ソ不可侵条約を結び、武器や軍事顧問を送るなど中国を支援した。
④「国際連盟は日本の行動を承認した」
❌ 誤り。
国際連盟は日本の行動を非難する決議を行っており、承認していない。日本はすでに1933年に脱退を通告していた。
覚えるポイント
- 米英仏ソは援蔣ルートで国民政府を支援
- 北部仏印進駐1940年・南部仏印進駐1941年
- 南部仏印進駐→米の石油禁輸→日米開戦へ
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。