RS-B3-07歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合B 近代化と私たち(3) 国民国家と明治維新

明治初期の国境・領土の画定について述べた記述として最も適切なものはどれか。

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正解: 2

正解

樺太・千島交換条約で樺太をロシア領、千島全島を日本領とし、琉球処分で沖縄県を設置した

この問題のポイント

明治初期の国境画定を問う問題。樺太・千島交換条約の内容(樺太=ロシア、千島全島=日本)と琉球処分の組合せを正確に覚えているかで決まる。

解説

近代の主権国家体制では、あいまいだった境界を線としての国境で確定する必要がある。明治政府は次々と国境を画定していった。

  • 1875年 樺太・千島交換条約:日露雑居だった樺太をロシア領とし、代わりに千島全島を日本領とした
  • 1876年 小笠原諸島:領有を各国に通告し、内務省の管轄とした
  • 1879年 琉球処分:軍隊・警察を派遣して琉球藩を廃し、沖縄県を設置した
    琉球はもともと薩摩藩の支配下にありながら清にも朝貢する日清両属の状態だった。沖縄県設置に清は強く抗議し、帰属問題は日清戦争での日本勝利まで尾を引いた。
    北海道の開拓とあわせ、国民国家の「かたち」が定まっていく過程として整理したい。

ひっかけポイント
樺太と千島の帰属の入れ替え(樺太=日本とする誤り)が最頻出のひっかけ。条約名の「交換」の意味(樺太を譲り千島を得る)を理解していれば間違えない。

選択肢の確認

①「琉球王国は独立国として20世紀まで存続した」
誤り。
琉球王国は1879年の琉球処分で廃され、尚泰は東京へ移されて沖縄県が置かれた。独立国として20世紀まで存続したわけではない。

②「樺太・千島交換条約で樺太をロシア領、千島全島を日本領とし、琉球処分で沖縄県を設置した」
正しい。
1875年の樺太・千島交換条約で日本は樺太の権利を放棄し、千島全島を領有した。1879年の琉球処分では琉球藩を廃して沖縄県を設置し、近代国家の国境画定を進めた。

③「樺太・千島交換条約で樺太を日本領、千島をロシア領とした」
誤り。
領域の対応が逆である。条約で樺太はロシア領、千島全島は日本領となり、樺太を日本領・千島をロシア領としたのではない。

④「小笠原諸島は明治期を通じて外国領のままだった」
誤り。
明治政府は1876年に小笠原諸島の領有を各国へ通告し、行政管轄を確立した。明治期を通じて外国領だったという説明は誤りである。

覚えるポイント

  • 樺太・千島交換条約1875年=樺太ロシア・千島全島日本
  • 小笠原領有通告は1876年
  • 琉球処分1879年で沖縄県設置、清が抗議

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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