RS2-020|歴史総合・世界史探究 対策問題
明治後期の義務教育について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
1900年に授業料が廃止され、日露戦争後には就学率が9割を超えた
この問題のポイント
明治後期の義務教育を問う問題。1900年の授業料廃止と日露戦争後の就学率9割超え、という制度の定着過程で解ける。
解説
1872年の学制で国民皆学が掲げられたが、当初の就学率は低かった。授業料は家庭の負担であり、子どもは農家の貴重な労働力だったからである。学校の建設費負担への反発から、学校を壊す一揆さえ起こった。
転機は1900年の小学校令改正である。義務教育期間(4年)の授業料が廃止され、教育は無償となった。就学率は急上昇し、日露戦争後には97%前後に達して、男女差もほぼ解消された。
1907年には義務教育が6年に延長される。
読み書きのできる国民の形成は、産業の発展、新聞・雑誌の普及、そして徴兵制の軍隊の質を支えた。「制度の開始(1872年)」と「定着(1900年代)」の間に約30年のずれがあることが、この問題の核心である。
ひっかけポイント
学制公布直後から就学率が高かったわけではない。「授業料廃止=1900年」「就学率9割超え=日露戦争後」という時期の対応を、開始期の低就学率と混同しない。
選択肢の確認
①「授業料は明治時代を通じて値上がりし続けた」
❌ 誤り。
授業料は1900年に原則廃止され、値上がりを続けたのではない。家計負担軽減が就学率上昇の一因となった。
②「就学率は明治末まで3割程度にとどまった」
❌ 誤り。
明治初期の就学率は低かったが、明治末には9割を大きく超えた。3割程度にとどまったという説明は制度定着前の状況を全期間へ拡張している。
③「1900年に授業料が廃止され、日露戦争後には就学率が9割を超えた」
✅ 正しい。
1900年の小学校令改正で義務教育の授業料が原則廃止され、日露戦争後には就学率が9割を超えた。1907年には義務教育年限も6年へ延長された。
④「義務教育は大正時代に初めて始まった」
❌ 誤り。
近代的義務教育制度は1872年の学制から整備が始まり、大正時代が初めてではない。制度開始と就学率が高水準に定着した明治後期を区別する。
覚えるポイント
- 1900年小学校令改正で授業料廃止
- 日露戦争後に就学率97%前後
- 1907年義務教育6年に延長
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。