RS-C2-03|歴史総合・世界史探究 対策問題
1918年の米騒動とその後の政治の動きについて述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
米騒動の後、藩閥の寺内内閣に代わって原敬の本格的政党内閣が成立した
この問題のポイント
米騒動と政治の動きを問う問題。米騒動での寺内内閣退陣を受けて、原敬の本格的政党内閣が成立したという因果の流れで解ける。
解説
1918年、シベリア出兵が決まると、軍用米の需要を見越した商人の買占め・売り惜しみで米価が急騰した。
同年7月、富山県の漁村の主婦たちが米の移出阻止を求めて立ち上がり、これが新聞で報じられると、米の安売りを求める米騒動が全国へ燃え広がった。参加者は数十万人に及び、政府は軍隊まで出動させて鎮圧した。
責任を問われた寺内正毅内閣(藩閥・官僚内閣)は総辞職する。後継には、衆議院第一党立憲政友会の総裁原敬が就任した。陸海軍・外務以外の閣僚を政友会党員で固めた、日本初の本格的政党内閣である。
原は華族でも藩閥出身でもなく「平民宰相」と呼ばれた。民衆の力が内閣を倒し政党政治を前進させた画期として、大正デモクラシーの文脈で頻出する。
ひっかけポイント
原敬は軍人ではなく政党政治家、というプロフィールの取り違えに注意。米騒動の原因はシベリア出兵を見越した買占めで、減税反対ではない。
選択肢の確認
①「米騒動の後、政党政治は完全に否定された」
❌ 誤り。
米騒動後には藩閥内閣に代わって原敬政党内閣が成立し、政党政治が前進した。政党政治の完全否定は1930年代の軍部台頭との混同である。
②「米騒動の後、藩閥の寺内内閣に代わって原敬の本格的政党内閣が成立した」
✅ 正しい。
1918年の米価急騰から全国へ米騒動が広がり、寺内正毅内閣が退陣した。その後、衆議院に基盤を持つ立憲政友会総裁の原敬が本格的政党内閣を組織した。
③「米騒動は政府の減税政策への反対運動だった」
❌ 誤り。
米騒動の直接の争点は減税ではなく、シベリア出兵を見越した買い占めなどで急騰した米価だった。富山の女性による米の県外移出阻止運動が拡大の起点となった。
④「米騒動を機に、軍人の原敬が首相となった」
❌ 誤り。
原敬は軍人ではなく政党政治家で、立憲政友会総裁として首相になった。爵位を持たないことから『平民宰相』と呼ばれた。
覚えるポイント
- 米騒動は1918年、シベリア出兵見越しの買占めが背景
- 寺内内閣退陣→原敬の本格的政党内閣
- 原敬は平民宰相、立憲政友会総裁
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。