RS3-029歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合C 国際秩序の変化や大衆化と私たち(2) 第一次世界大戦と大衆社会

1918年の米騒動の後に成立した原敬内閣の特徴として正しいものはどれか。

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正解: 1

正解

陸海軍・外務以外の閣僚を立憲政友会党員で固めた本格的政党内閣だった

この問題のポイント

米騒動後に成立した原敬内閣の性格を問う問題。「本格的政党内閣」の意味(閣僚の大部分が政党員)を理解しているかが鍵。

解説

1918年、シベリア出兵を見越した米の買い占めで米価が急騰し、富山県の主婦らの行動をきっかけに米騒動が全国に広がった。軍隊まで出動させて鎮圧した寺内正毅内閣は責任をとって総辞職した。

代わって組閣したのが、立憲政友会総裁の原敬である。原内閣は、陸軍・海軍・外務の3大臣以外をすべて政友会党員で固めた、初の本格的政党内閣であった。原は華族の爵位を持たず衆議院に議席を持つ首相だったため「平民宰相」と呼ばれ、国民の期待を集めた。

ただし原の政治には限界もあった。普通選挙の導入には慎重で、選挙権の納税資格を10円から3円に引き下げるにとどめ、小選挙区制を導入して政友会の勢力拡大を図った。1921年、原は東京駅で暗殺された。

なお、最初の政党内閣自体は1898年の第1次大隈重信内閣(隈板内閣)だが、短命に終わったため、原内閣が「本格的」と呼ばれる。

ひっかけポイント
「平民宰相」のイメージから普通選挙を実現したと誤解させる引っかけが頻出。原は普選に反対し、納税資格3円への引き下げにとどめた。

選択肢の確認

①「陸海軍・外務以外の閣僚を立憲政友会党員で固めた本格的政党内閣だった」
正しい。
原敬内閣は陸軍・海軍・外務の3大臣を除く閣僚を立憲政友会員で構成した本格的政党内閣だった。原は爵位を持たない「平民宰相」と呼ばれた。

②「藩閥官僚のみで構成された超然内閣だった」
誤り。
藩閥官僚だけで議会政党から距離を置く超然内閣ではなく、衆議院多数党の政友会を基盤とした。

③「日本最初の社会主義政党内閣だった」
誤り。
原内閣は立憲政友会の政党内閣で、日本最初の社会主義政党内閣ではない。社会主義者は当時厳しい取締りを受けていた。

④「軍人首相による挙国一致内閣だった」
誤り。
原敬は軍人首相ではなく文民の政党政治家だった。各勢力を集めた挙国一致内閣とも性格が異なる。

覚えるポイント

  • 米騒動(1918年)→寺内内閣退陣→原敬内閣成立
  • 陸・海・外相以外は政友会党員の本格的政党内閣
  • 原は平民宰相だが普選には慎重(納税資格3円に引下げ)

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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