RS-B3-03歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合B 近代化と私たち(3) 国民国家と明治維新

大日本帝国憲法(1889年発布)の特徴として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 3

正解

天皇が定めて国民に与える欽定憲法で、天皇が統治権を総攬した

この問題のポイント

大日本帝国憲法の特徴を問う問題。天皇が定める欽定憲法で、天皇が統治権を総攬したという基本的性格で解ける。

解説

大日本帝国憲法は1889年2月11日、天皇が定めて国民に授ける欽定憲法として発布された。伊藤博文らが、君主権の強いドイツ(プロイセン)流の憲法を手本に起草したものである。
特徴は次の通り。

  • 天皇は統治権を総攬し、陸海軍の統帥権、条約締結、議会によらない緊急勅令などの天皇大権を持つ
  • 国民は「臣民」とされ、その権利は「法律ノ範囲内」で認められる(法律で制限できる)
  • 帝国議会は天皇の立法権に協賛し、内閣は議会ではなく天皇に対して責任を負う
    それでも、アジアで最初期の憲法と議会を持つ立憲国家が誕生した意義は大きい。
    国民主権・基本的人権の不可侵を定めた戦後の日本国憲法(民定憲法)との対比は、最頻出の比較ポイントである。

ひっかけポイント
民定憲法(国民が制定)と欽定憲法の区別、臣民の権利が法律の範囲内である点が定番のひっかけ。手本はフランスやイギリスではなくドイツ流である。

選択肢の確認

①「基本的人権は法律によっても制限できないと定められた」
誤り。
臣民の権利は『法律ノ範囲内』で保障され、法律による制限が可能だった。法律でも侵せない基本的人権として保障したという説明は日本国憲法との混同である。

②「国民が制定した民定憲法で、主権は国民にあった」
誤り。
大日本帝国憲法は天皇が臣民へ与えた欽定憲法で、国民主権の民定憲法ではない。国民主権を原則とするのは戦後の日本国憲法である。

③「天皇が定めて国民に与える欽定憲法で、天皇が統治権を総攬した」
正しい。
1889年発布の大日本帝国憲法は欽定憲法で、天皇が統治権を総攬し、統帥・条約締結などの大権を持った。プロイセン憲法を主な参考とした立憲君主制である。

④「議会の権限が強く、内閣は議会に対してのみ責任を負った」
誤り。
内閣は議会に対する連帯責任を憲法上負わず、各国務大臣は天皇を輔弼した。帝国議会には法律・予算の協賛権があったが、議院内閣制を明記していない。

覚えるポイント

  • 1889年2月11日発布、欽定憲法
  • 天皇が統治権を総攬、統帥権など天皇大権
  • 臣民の権利は法律ノ範囲内、手本はプロイセン憲法

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

RS-B3-02RS-B3-04