RS3-017歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合B 近代化と私たち(3) 国民国家と明治維新

1910年に日本が大韓帝国を植民地化した出来事はどれか。

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正解: 4

正解

韓国併合

この問題のポイント

1910年の大韓帝国の植民地化=韓国併合を問う。保護国化(1905年・統監府)から併合(1910年・総督府)への段階の区別がポイント。

解説

日露戦争に勝利した日本は、韓国(大韓帝国)への支配を段階的に強めていった。1905年の第2次日韓協約で外交権を奪って保護国とし、漢城(現在のソウル)に統監府を設置、初代統監には伊藤博文が就任した。1907年には内政権も掌握し、韓国軍隊を解散させた。
これに対して韓国では義兵運動などの抵抗が続き、1909年には伊藤博文がハルビン駅で安重根に射殺される事件が起こった。
日本は1910年、韓国併合条約を結んで大韓帝国を植民地とし、統治機関として朝鮮総督府を設置した。土地調査事業などの植民地支配は朝鮮の人々の反発を招き、1919年の三・一独立運動へとつながっていく。「保護国化(1905年・統監府)→併合(1910年・総督府)」の段階を正確に区別することが最重要である。

ひっかけポイント
江華島事件(1875年・開国の契機)、甲午農民戦争(1894年・日清戦争の契機)、義和団事件(1900年・中国)はすべて併合以前の別事件。統監府と総督府の入れ替えにも注意。

選択肢の確認

①「江華島事件」
誤り。
江華島事件は1875年に日本軍艦が朝鮮沿岸で起こした武力衝突で、翌年の日朝修好条規の契機となった。併合そのものではない。

②「甲午農民戦争」
誤り。
甲午農民戦争は1894年に朝鮮で起こり、日清両軍の出兵から日清戦争へつながった。1910年の植民地化とは別事件である。

③「義和団事件」
誤り。
義和団事件は1899〜1900年に中国で起こった排外運動で、列国軍が鎮圧した。大韓帝国併合を指さない。

④「韓国併合」
正しい。
日本は1910年の韓国併合条約で大韓帝国を植民地化し、朝鮮総督府を置いた。以後1945年まで植民地支配が続いた。

覚えるポイント

  • 韓国併合は1910年、朝鮮総督府を設置
  • 保護国化は1905年(第2次日韓協約・統監府・伊藤博文)
  • 伊藤博文暗殺は1909年(安重根)、三・一独立運動は1919年

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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