RS-D3-03歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合D グローバル化と私たち(3) 世界秩序の変容と日本

プラザ合意(1985年)とその後の日本経済について述べた記述として最も適切なものはどれか。

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正解: 4

正解

ドル高是正の合意で急激な円高が進み、その後の低金利政策の下で株価と地価が高騰するバブル経済が生じた

この問題のポイント

プラザ合意とその後の日本経済を問う問題。ドル高是正→急激な円高→低金利→バブル経済という因果の連鎖で解ける。

解説

1980年代前半のアメリカは、財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」に苦しみ、ドル高が輸出産業を圧迫していた。
1985年9月、ニューヨークのプラザホテルで先進5カ国(G5)の蔵相・中央銀行総裁が会議を開き、ドル高を是正するための協調介入に合意した。これがプラザ合意である。
円相場は1ドル約240円から1年余りで150円台へ急騰し、日本の輸出産業は円高不況に見舞われた。
対策として日本銀行は公定歩合を引き下げ、超低金利が続いた。あふれた資金は土地と株式に流れ込み、地価・株価が実体を離れて高騰するバブル経済(1980年代後半)が発生する。
1989年からの金融引き締めでバブルは崩壊し、1990年代は平成不況・不良債権問題・「失われた10年」と呼ばれる長期停滞に入った。

ひっかけポイント
プラザ合意で進んだのは円高(ドル安)であり、円安とする選択肢は方向が逆。高度経済成長(1955〜73年)とは時代が違う点も年号で確認する。

選択肢の確認

①「この合意で円安が進み、輸出産業は大きな打撃を受けた」
誤り。
合意後に進んだのは円安ではなく円高で、輸出産業は円高によって打撃を受けた。為替方向だけが逆で、後半の輸出への影響と論理的にも一致しない。

②「プラザ合意の直後に日本は世界恐慌に突入した」
誤り。
直後には円高不況が起きたが、低金利の下で1980年代後半のバブルへ移行した。世界恐慌に直ちに突入したのではなく、バブル崩壊は1990年代初めである。

③「この合意は日本の高度経済成長の出発点となった」
誤り。
高度経済成長は1950年代半ばに始まり、1973年の石油危機を画期に終わった。1985年のプラザ合意はその出発点ではなく、安定成長期の出来事である。

④「ドル高是正の合意で急激な円高が進み、その後の低金利政策の下で株価と地価が高騰するバブル経済が生じた」
正しい。
1985年のプラザ合意はG5がドル高を是正するため協調介入を決めたもので、急速な円高を招いた。円高不況対策の低金利と過剰流動性が、株価・地価の上昇するバブル経済につながった。

覚えるポイント

  • プラザ合意は1985年、G5によるドル高是正
  • 円高不況→低金利→バブル経済
  • バブル崩壊後は平成不況・不良債権問題

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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