RS3-048|歴史総合・世界史探究 対策問題
1985年のプラザ合意の内容と日本への影響として正しいものはどれか。
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正解: 4
正解
ドル高是正の国際協調により急速な円高が進み、輸出産業が打撃を受けた
この問題のポイント
プラザ合意の内容と影響を問う問題。ドル高是正→円高不況→バブル経済へという因果の連鎖を理解しているかが鍵。
解説
1980年代前半のアメリカは、財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」に苦しみ、特に対日貿易赤字の拡大は日米貿易摩擦を激化させていた。その一因はドル高にあった。
1985年9月、ニューヨークのプラザホテルで開かれた先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G5)は、各国が協調してドル高を是正することに合意した。これがプラザ合意である。
合意後、円相場は1ドル240円台から1年ほどで150円台へと急騰した。輸出産業は大きな打撃を受け、日本は円高不況に陥った。
政府・日本銀行は不況対策として超低金利政策をとったが、あふれた資金は土地と株式に流れ込み、地価・株価が実体経済とかけ離れて高騰するバブル経済(1986〜91年ごろ)が発生した。バブルは1990年代初頭に崩壊し、日本は長期の不況(失われた10年)に入る。
「プラザ合意→円高不況→低金利→バブル→崩壊」という因果の連鎖が、グラフ読み取り問題の定番である。
ひっかけポイント
「ドル高是正=円高誘導」であり、円安誘導と読み違えさせる選択肢が定番。関税自主権の回復(1911年・小村寿太郎)は明治の条約改正で全く別の話。
選択肢の確認
①「円安誘導が合意され、輸出が急増した」
❌ 誤り。
合意はドル安・円高を目指したもので、円安誘導ではない。輸出は価格競争力を失い、企業は海外生産などで対応した。
②「金本位制への復帰が合意された」
❌ 誤り。
金本位制は戦間期までの国際通貨制度で、1985年に復帰していない。合意対象は主要通貨間の為替調整だった。
③「日本の関税自主権の回復が認められた」
❌ 誤り。
日本の関税自主権回復は1911年に小村寿太郎外相が実現した。プラザ合意より74年前の条約改正である。
④「ドル高是正の国際協調により急速な円高が進み、輸出産業が打撃を受けた」
✅ 正しい。
プラザ合意はG5がドル高是正へ協調介入することで合意し、円は急速に上昇した。日本の輸出産業は円高不況に直面し、金融緩和はのちのバブルの一因となった。
覚えるポイント
- プラザ合意は1985年、G5によるドル高是正の協調合意
- 1ドル240円台→150円台の急激な円高で円高不況
- 低金利政策が地価・株価高騰を招きバブル経済へ
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。