RS3-049歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合D グローバル化と私たち(3) 世界秩序の変容と日本

1989年の冷戦終結を象徴する出来事の組合せとして正しいものはどれか。

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正解: 3

正解

ベルリンの壁崩壊とマルタ会談

この問題のポイント

冷戦終結を象徴する1989年の出来事の組合せ問題。ベルリンの壁崩壊とマルタ会談がともに1989年である。

解説

1985年にソ連の指導者となったゴルバチョフは、ペレストロイカ(改革)と新思考外交を進め、米ソ関係は緊張緩和へ向かった。1987年には中距離核戦力(INF)全廃条約が結ばれている。

ソ連が東欧諸国への内政干渉を放棄すると、1989年、東欧では民主化革命が連鎖した(東欧革命)。その頂点として1989年11月、東西分断の象徴だったベルリンの壁が市民の手で崩壊した。

12月、地中海のマルタ島沖でアメリカのブッシュ(父)大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が会談し、冷戦の終結を宣言した。「ヤルタからマルタへ」と呼ばれる歴史的転換である。

その後の流れも重要である。

  • 1990年東西ドイツ統一(西ドイツが東ドイツを編入)
  • 1991年…湾岸戦争、そして12月にソ連解体

「壁崩壊(1989年)→ドイツ統一(1990年)→ソ連解体(1991年)」の3年連続の順序は、整序問題の超定番である。

ひっかけポイント
ソ連解体(1991年)は冷戦終結(1989年)より後である点が最大の引っかけ。「冷戦終結=ソ連崩壊」と一括りにする誤りを誘う選択肢に注意。

選択肢の確認

①「朝鮮戦争休戦とジュネーヴ会議」
誤り。
朝鮮戦争休戦は1953年、ジュネーヴ会議は1954年で、冷戦初期の東アジア秩序に関わる。1989年より約35年前である。

②「ソ連解体とEU発足」
誤り。
ソ連解体は1991年、EU発足は1993年で、どちらも1989年ではない。冷戦終結過程の後続事項である。

③「ベルリンの壁崩壊とマルタ会談」
正しい。
1989年11月のベルリンの壁崩壊は東欧社会主義体制の崩壊を象徴し、12月のマルタ会談で米ソ首脳が冷戦終結を確認した。

④「キューバ危機とベトナム戦争終結」
誤り。
キューバ危機は1962年、ベトナム戦争終結は1975年で、いずれも冷戦中の出来事である。1989年の終結象徴ではない。

覚えるポイント

  • 1989年11月ベルリンの壁崩壊、12月マルタ会談で冷戦終結宣言
  • マルタ会談はブッシュとゴルバチョフ
  • 1990年ドイツ統一→1991年ソ連解体の順

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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