RS-C2-05歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合C 国際秩序の変化や大衆化と私たち(2) 第一次世界大戦と大衆社会

関東大震災(1923年)とその影響について述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 4

正解

混乱の中で朝鮮人などへの殺傷事件が起こり、経済面では震災手形が金融恐慌の一因となった

この問題のポイント

関東大震災の社会的・経済的影響を問う問題。流言による朝鮮人などへの殺傷事件と、震災手形が金融恐慌の一因になったという2つの影響を押さえる。

解説

1923年9月1日、相模湾を震源とするマグニチュード7.9の関東大震災が発生した。昼食時と重なって火災が広がり、死者・行方不明者は約10万5千人に達した。
混乱の中で「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などの流言が広まり、住民の自警団や軍・警察によって朝鮮人や中国人、社会主義者らが殺傷される事件が起こった。災害時の流言とデマの恐ろしさを示す事実として、現代の防災・人権の課題にも直結する。
経済面では、被災企業の手形の決済を猶予した震災手形が大量の不良債権と化した。その処理をめぐる国会審議中の失言から取付け騒ぎが起こり、1927年の金融恐慌の引き金となった。
復興では後藤新平の帝都復興計画により、幹線道路や公園を備えた市街地が整備された。

ひっかけポイント
震災(1923年)と金融恐慌(1927年)の時間差のある因果を結べるかがポイント。「被害軽微」「大阪中心」は明白な誤りで、9月1日が防災の日の由来である。

選択肢の確認

①「震災の被害は軽微で、社会への影響はほとんどなかった」
誤り。
東京・横浜を中心に火災と倒壊で甚大な人的・物的被害が出た。被害が軽微で社会的影響がなかったという説明は、復興事業や社会混乱の規模と矛盾する。

②「震災からの復興によって、その後の恐慌はすべて回避された」
誤り。
復興需要は生じたが、震災手形という不良債権問題が残り、金融恐慌を回避できなかった。「恐慌はすべて回避」という結果が実際と逆である。

③「震災は大阪を中心に発生した」
誤り。
震源域と主要被災地は関東地方で、東京・横浜などが大きな被害を受けた。大阪を中心とした災害ではないため、名称と地域の対応からも除外できる。

④「混乱の中で朝鮮人などへの殺傷事件が起こり、経済面では震災手形が金融恐慌の一因となった」
正しい。
1923年の関東大震災では流言を背景に朝鮮人・中国人らへの殺傷が起き、経済では震災手形の処理問題が残った。震災手形は1927年金融恐慌の一因となった。

覚えるポイント

  • 関東大震災は1923年9月1日、死者約10万人
  • 流言により朝鮮人らへの殺傷事件が発生
  • 震災手形の処理問題→1927年金融恐慌

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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