RS-D4-04|歴史総合・世界史探究 対策問題
阪神・淡路大震災(1995年)について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
多数の市民ボランティアが活動し、「ボランティア元年」と呼ばれる契機になった
この問題のポイント
阪神・淡路大震災の影響を問う問題。多数の市民ボランティアが活動し「ボランティア元年」と呼ばれた、という災害と市民社会の関係で解ける。
解説
1995年1月17日未明、兵庫県南部を直下型地震が襲った。阪神・淡路大震災である。高速道路の倒壊や大規模火災により、犠牲者は6400人を超えた。
行政の対応が追いつかない中、全国から延べ100万人以上の市民が駆けつけ、炊き出し・物資配布・避難所運営を支えた。組織に属さない個人の自発的な活動がこれほどの規模になったのは初めてで、この年は「ボランティア元年」と呼ばれた。
この経験は、1998年のNPO法(特定非営利活動促進法)成立につながり、市民活動が社会の担い手として法的に位置づけられた。
震災はまた、耐震基準や災害医療、行政の危機管理の見直しを促し、その教訓は2011年の東日本大震災の対応にも引き継がれた。災害の歴史は歴史総合の最重要領域である。
ひっかけポイント
阪神・淡路(1995年・兵庫)と東日本大震災(2011年・東北)の地域・年の混同に注意。「被害軽微」「ボランティア禁止」は事実と正反対の選択肢である。
選択肢の確認
①「震災後、ボランティア活動は法律で禁止された」
❌ 誤り。
震災後にボランティアは禁止されず、活動を支える制度整備が進んだ。1998年のNPO法は市民活動に法人格を与えやすくした例である。
②「多数の市民ボランティアが活動し、「ボランティア元年」と呼ばれる契機になった」
✅ 正しい。
1995年の阪神・淡路大震災では全国から多数の市民が支援に参加し、「ボランティア元年」と呼ばれた。市民活動の広がりは1998年のNPO法成立にもつながった。
③「被害が軽微だったため、防災政策は見直されなかった」
❌ 誤り。
6千人を超える死者と建物・交通網の大被害が生じ、防災・耐震・危機管理の見直しが進んだ。被害が軽微で政策も変わらなかったという説明は規模と逆である。
④「この震災は東北地方を中心に発生した」
❌ 誤り。
主な被災地は兵庫県南部の神戸市・淡路島などで、東北地方ではない。東北中心という説明は2011年の東日本大震災との混同である。
覚えるポイント
- 阪神・淡路大震災は1995年1月17日
- ボランティア元年と呼ばれ市民活動が広がる
- 1998年NPO法成立につながる
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。