RS-C3-05歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合C 国際秩序の変化や大衆化と私たち(3) 経済危機と第二次世界大戦

太平洋戦争末期の国民生活について述べた記述として最も適切なものはどれか。

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正解: 3

正解

学徒出陣や勤労動員が行われ、都市の子どもたちは学童疎開で地方へ移された

この問題のポイント

太平洋戦争末期の国民生活を問う問題。学徒出陣・勤労動員・学童疎開という総力戦の動員の具体例を正しく選べるかで決まる。

解説

戦局が悪化した1943年以降、総力戦の動員は学生・子どもにまで及んだ。

  • 学徒出陣(1943年〜):それまで徴兵を猶予されていた文科系の大学生らが陸海軍に入隊し、戦場へ送られた
  • 勤労動員:中学生・女学生や未婚女性(女子挺身隊)が軍需工場などで働かされ、授業は事実上停止した
  • 学童疎開(1944年〜):本土空襲に備え、都市の国民学校の児童が集団で地方の旅館や寺院へ移された
    生活物資は米の配給制、衣料の切符制の下で欠乏し、闇取引に頼らざるを得なかった。
    1944年末からはB29による本土空襲が本格化し、1945年3月10日の東京大空襲では一夜で約10万人が犠牲になった。総力戦が国民生活の隅々まで及んだことを、具体例で押さえておきたい。

ひっかけポイント
学徒出陣は「徴兵猶予の停止」であり、大学生が最後まで免除されたという記述は逆。配給制の不在・空襲の不在という選択肢も末期の実態と正反対である。

選択肢の確認

①「大学生は最後まで徴兵を免除され続けた」
誤り。
大学生の徴兵猶予は1943年に文科系を中心に停止され、学徒出陣が行われた。「最後まで免除」はこの転換点を否定している。

②「都市への空襲はなかったため、疎開は行われなかった」
誤り。
1944〜45年には東京大空襲をはじめ都市空襲が激化し、学童疎開や縁故疎開が進められた。空襲がなく疎開もなかったという因果は事実と逆である。

③「学徒出陣や勤労動員が行われ、都市の子どもたちは学童疎開で地方へ移された」
正しい。
戦局悪化により1943年に文科系学生の徴兵猶予が停止され、学徒出陣が行われた。勤労動員と1944年から本格化した学童疎開は、総力戦が学生・子どもまで及んだ例である。

④「食料は最後まで自由に売買され、配給制は実施されなかった」
誤り。
米などの配給制・切符制が実施され、戦争末期には不足と闇市取引が深刻化した。食料が最後まで自由売買だったという説明は統制経済の実態と合わない。

覚えるポイント

  • 学徒出陣は1943年から(文科系学生の猶予停止)
  • 学童疎開は1944年から本格化
  • 生活物資は配給制・切符制、東京大空襲は1945年3月10日

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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