RS2-013歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合B 近代化と私たち(1) 近代化への問い

万国博覧会と日本の関わりについて述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 1

正解

1867年のパリ万博に幕府や薩摩藩が出品し、1873年のウィーン万博には明治政府が参加した

この問題のポイント

万国博覧会と日本の関わりを問う問題。1867年パリ万博には幕府・薩摩藩などが、1873年ウィーン万博には明治政府が参加した、という参加主体の変化で解ける。

解説

万国博覧会は、1851年のロンドン万博に始まる、産業と文化の国際的な見本市である。各国は工業力と文化を競って展示した。
日本の本格参加は1867年のパリ万博からである。このとき出品したのは幕府・薩摩藩・佐賀藩で、薩摩藩は幕府とは別に「琉球国王の使節」を名乗って独自出品し、幕府と主導権を争った。国家としての統一的な代表がまだなかったことを示す出来事である。
明治維新後の1873年ウィーン万博には、明治政府が公式に参加した。政府は技術導入と輸出品の開拓、国威発揚をねらい、職人や技術者を同行させて欧州の技術を学ばせた。
日本の美術工芸品は好評を博し、欧米にジャポニスム(日本趣味)の流行を生んだ。参加主体が「幕府と藩バラバラ」から「政府一元」へ変わったことが、国家統合の進展を映している。

ひっかけポイント
1867年(幕末・幕府と藩が別々に参加)と1873年(明治政府の公式参加)の対比が核心。最初の万博は1851年ロンドンで、日本開催ではない。

選択肢の確認

①「1867年のパリ万博に幕府や薩摩藩が出品し、1873年のウィーン万博には明治政府が参加した」
正しい。
1867年パリ万博には幕府・薩摩藩・佐賀藩が別々に出品し、1873年ウィーン万博には明治政府が公式参加した。参加主体の変化は国家統合の進展を示す。

②「日本は明治末期まで万博に一切関わらなかった」
誤り。
日本は明治末を待たず幕末の1867年から万博へ出品し、明治政府も1873年に参加した。工芸品は欧州のジャポニスムにも影響した。

③「最初の万博は日本で開かれた」
誤り。
世界最初の万国博覧会は1851年のロンドン万博で、日本開催ではない。日本初開催の万博は1970年の大阪万博である。

④「万博への参加は大名個人の私的な事業だった」
誤り。
幕末には幕府と諸藩、明治期には政府が公的な目的で参加した。大名個人だけの私的事業ではなく、技術調査・貿易・国威発揚と結び付いた。

覚えるポイント

  • 1867年パリ万博=幕府・薩摩・佐賀が出品
  • 1873年ウィーン万博=明治政府が公式参加
  • ジャポニスムの流行を生んだ

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

RS2-012RS2-014