RS2-014|歴史総合・世界史探究 対策問題
1871年ごろの日本と世界を結んだ通信の変化として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
長崎と上海・ウラジオストクが海底電信ケーブルで結ばれ、海外の情報が格段に速く届くようになった
この問題のポイント
1871年ごろの通信の変化を問う問題。長崎と上海・ウラジオストクを結ぶ海底電信ケーブルで日本が世界の電信網に接続された、という情報革命の知識で解ける。
解説
電信は文字情報を電気信号で瞬時に送る技術で、19世紀半ばから世界に広がった。1866年には大西洋横断ケーブルが成功し、世界は海底ケーブルの網で結ばれつつあった。
日本では1869年に東京・横浜間で国内電信が始まり、1871年にはデンマークの会社によって長崎と上海・ウラジオストクが海底ケーブルで結ばれた。これで日本は、上海経由でロンドンまでつながる世界の電信網に接続されたのである。
それまで欧州のニュースは船で数か月かかっていたが、電信なら数日・数時間で届く。相場情報・外交情報の伝達速度が桁違いになり、貿易と外交の前提が変わった。
岩倉使節団が旅先から政府と連絡を取れたのも電信のおかげである。情報の速度は、モノ・ヒトの移動と並ぶ近代化の重要な指標である。
ひっかけポイント
電信(1871年・文字信号)とラジオ放送(1925年)・電話の普及は時期も技術も別物。定期航空便は20世紀の話で、時代錯誤の選択肢として消せる。
選択肢の確認
①「東京とロンドンの間に定期航空便が開設された」
❌ 誤り。
定期航空便は航空機実用化後の20世紀に発達したもので、1871年には存在しない。当時の国際通信の画期は海底電信である。
②「電話が全国の農村まで普及した」
❌ 誤り。
電話交換業務は1890年に東京・横浜で始まり、全国農村への普及はさらに後である。1871年の国際接続を電話普及で説明できない。
③「無線放送が開始された」
❌ 誤り。
日本のラジオ放送開始は1925年で、明治初期より半世紀以上後である。1871年に開始したのは有線の海底電信である。
④「長崎と上海・ウラジオストクが海底電信ケーブルで結ばれ、海外の情報が格段に速く届くようになった」
✅ 正しい。
1871年に長崎から上海・ウラジオストクへ海底電信線が接続され、日本が国際電信網に入った。外交・商取引の情報到達時間を大幅に短縮した。
覚えるポイント
- 1871年長崎・上海・ウラジオストク間に海底ケーブル
- 日本が世界の電信網に接続、情報が数日で届く時代に
- 国内電信は1869年東京・横浜間から
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。