RS3-007|歴史総合・世界史探究 対策問題
1854年の日米和親条約で開かれた2つの港の組合せとして正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
下田・箱館
この問題のポイント
日米和親条約(1854年)の開港地=下田・箱館を問う。貿易はまだ認めていないという和親条約の限界も含めて覚える。
解説
1853年、アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーが軍艦4隻を率いて浦賀に来航し、開国を要求した。翌1854年の再来航時に幕府が結んだのが日米和親条約である。
内容は、下田(伊豆)と箱館(北海道)の2港を開くこと、アメリカ船への燃料・食料・水の供給、漂流民の救助、下田への領事駐在、一方的な最恵国待遇の承認である。
最も重要なのは、この条約では貿易をまだ認めていないという点である。いわゆる鎖国政策は転換したが、自由な通商が始まるのは1858年の日米修好通商条約からである。「和親条約=開国のみ(下田・箱館)」「修好通商条約=貿易開始(神奈川・長崎・新潟・兵庫)」という段階の区別と、開港地の組合せを正確に押さえたい。
ひっかけポイント
横浜・神戸・新潟は修好通商条約(1858年)の開港地。和親条約(下田・箱館)との開港地の入れ替えが最頻出の引っかけ。浦賀は来航地であって開港地ではない。
選択肢の確認
①「下田・箱館」
✅ 正しい。
日米和親条約は下田と箱館を開き、アメリカ船への薪水・食料供給や領事駐在を認めた。貿易開始ではなく開国の端緒である。
②「横浜・長崎」
❌ 誤り。
横浜に当たる神奈川と長崎は1858年の日米修好通商条約で開港対象となった。和親条約の2港ではない。
③「神戸・新潟」
❌ 誤り。
神戸に当たる兵庫と新潟も修好通商条約で開港が定められた港である。1854年に開いたのは下田・箱館だった。
④「浦賀・下関」
❌ 誤り。
浦賀はペリー来航地、下関は長州藩の攘夷戦や海峡交通で知られるが、日米和親条約の開港場ではない。
覚えるポイント
- 日米和親条約は1854年、下田・箱館の2港を開く
- 和親条約では貿易は認めていない
- 貿易開始は1858年の日米修好通商条約から
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。