RS-B2-01|歴史総合・世界史探究 対策問題
日米修好通商条約(1858年)が「不平等条約」とされる主な理由の組合せとして正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
領事裁判権を認め、関税自主権を欠いたこと
この問題のポイント
日米修好通商条約が不平等とされる理由を問う問題。領事裁判権の承認と関税自主権の欠如という2本柱で即答できる。
解説
1858年、大老井伊直弼のもとで幕府は日米修好通商条約を結び、続いて蘭・露・英・仏とも同様の条約を結んだ(安政の五カ国条約)。
この条約が「不平等」とされる核心は2点ある。
- 領事裁判権(治外法権):日本で罪を犯した外国人を、日本の法律で裁けず、その国の領事が裁く
- 関税自主権の欠如:輸入品への関税率を日本が自由に決められず、相手国との協定で定める
さらに最恵国待遇も、アメリカ側だけに認める片務的なものだった。
これらは日本の主権を制約するものであり、条約改正は明治政府の最重要外交課題となる。領事裁判権の撤廃は1894年(陸奥宗光)、関税自主権の完全回復は1911年(小村寿太郎)まで、半世紀を要した。
ひっかけポイント
2つの不平等(領事裁判権・関税)の内容の取り違えに注意。改正の達成年と担当外相(1894年陸奥・1911年小村)の組合せも頻出の暗記ポイント。
選択肢の確認
①「領事裁判権を認め、関税自主権を欠いたこと」
✅ 正しい。
日米修好通商条約は日本にアメリカ人への領事裁判権を認めさせ、日本側に関税率を自主決定する権限を与えなかった。この二点が条約改正の主要課題となった。
②「日本側だけが最恵国待遇を得たこと」
❌ 誤り。
最恵国待遇は日本側だけでなく、片務的にアメリカ側へ与えられた。日本が一方的に利益を得たという主客が逆である。
③「アメリカ人の日本国内旅行を全面的に禁じたこと」
❌ 誤り。
条約は開港場での居留・貿易などを認め、外国人の行動には一定の範囲制限があった。しかし旅行の全面禁止が不平等条約とされる中心理由ではない。
④「金銀の交換比率を日本に有利に定めたこと」
❌ 誤り。
開港後は内外の金銀比価の違いから日本の金貨が海外へ流出した。交換比率を日本に有利に定めたことではなく、領事裁判権と関税自主権欠如が制度上の問題である。
覚えるポイント
- 日米修好通商条約は1858年(井伊直弼)
- 不平等の柱は領事裁判権と関税自主権の欠如
- 改正は1894年陸奥宗光・1911年小村寿太郎
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 文を分解して判定:組合せを一度に選ばず、人物と政策、地域と制度などを一組ずつ○×判定する。確実に誤る一組を含む選択肢から消す。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。