RS3-008|歴史総合・世界史探究 対策問題
日米修好通商条約(1858年)の内容として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
アメリカに領事裁判権を認め、日本には関税自主権がなかった
この問題のポイント
日米修好通商条約(1858年)の不平等性を問う。領事裁判権の承認と関税自主権の欠如、という2点セットで判断できる。
解説
1858年、大老井伊直弼は朝廷の勅許を得られないまま、アメリカ総領事ハリスとの間で日米修好通商条約に調印した。
条約は、神奈川(実際は横浜)・長崎・新潟・兵庫の開港と江戸・大坂の開市、自由貿易の開始を定めた。問題は二つの不平等条項である。第一に領事裁判権を認めたこと。日本国内でアメリカ人が罪を犯しても日本の法律では裁けず、アメリカ領事が裁く。第二に関税自主権がないこと。関税率を日本が自主的に決められず、相手国との協定で定めるとされた。
同様の条約はオランダ・ロシア・イギリス・フランスとも結ばれた(安政の五か国条約)。条約改正には、領事裁判権撤廃の陸奥宗光(1894年)、関税自主権回復の小村寿太郎(1911年)まで、半世紀以上を要することになる。
ひっかけポイント
「日本が関税率を指定できた」「アメリカ人を日本の法律で裁く」は不平等の向きを逆転させた引っかけ。領事裁判権を認める+関税自主権なし、の2点を正確に。
選択肢の確認
①「日本がアメリカに関税率を一方的に指定できた」
❌ 誤り。
日本は関税率を自主的に決められず、協定関税に拘束された。アメリカへ一方的に税率を指定できたという説明は逆である。
②「アメリカ人の犯罪は日本の法律で裁くと定めた」
❌ 誤り。
在日アメリカ人の裁判はアメリカ領事が行う領事裁判制度だった。日本法・日本裁判所で裁くという説明は反対である。
③「江戸と大坂の即時開市を定め、開港場は設けなかった」
❌ 誤り。
条約は神奈川・長崎・新潟・兵庫など開港場を定め、江戸・大坂も後日の開市対象とした。即時開市だけで開港場なしではない。
④「アメリカに領事裁判権を認め、日本には関税自主権がなかった」
✅ 正しい。
日米修好通商条約はアメリカ人への領事裁判権を認め、日本の関税率決定を条約で拘束した。領事裁判権撤廃と関税自主権回復が後の条約改正課題となった。
覚えるポイント
- 日米修好通商条約は1858年、井伊直弼がハリスと調印
- 不平等の2点=領事裁判権の承認・関税自主権の欠如
- 改正は陸奥宗光1894年(法権)・小村寿太郎1911年(税権)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。