RS3-009|歴史総合・世界史探究 対策問題
開港直後の日本の貿易について述べた文として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
最大の輸出品は生糸で、取引の中心は横浜、相手国はイギリスが第一位だった
この問題のポイント
開港直後の貿易の特徴を問う。「生糸・横浜・イギリス」の3点セットと、アメリカが後退した理由(南北戦争)まで押さえれば完璧。
解説
1859年、横浜・長崎・箱館で貿易が始まると、日本経済は世界市場に一気に組み込まれた。
開港直後の貿易の姿は「生糸・横浜・イギリス」の3点セットで覚える。最大の輸出品は生糸(ほかに茶・蚕卵紙)、取引の中心港は横浜で全体の8割前後を占め、相手国はイギリスが第一位だった。最初に条約を結んだアメリカが伸びなかったのは、国内で南北戦争(1861〜65年)が起こり、アジア貿易どころではなかったためである。
生糸の急激な輸出増は国内の品不足と物価高騰を招き、金貨の海外流出(日本と海外の金銀比価の違いによる)も混乱に拍車をかけた。生活を圧迫された民衆の不満は、外国人排斥を唱える攘夷運動の高まりの背景となった。統計グラフからこの構造を読み取らせる出題が定番である。
ひっかけポイント
輸出品を綿織物とする誤り(綿織物・綿糸はむしろ輸入品)や、生糸を輸入品側に置く逆転に注意。相手国第一位はアメリカではなくイギリス。理由は南北戦争。
選択肢の確認
①「最大の輸入品は生糸で、相手国はアメリカが第一位だった」
❌ 誤り。
生糸は日本が輸出した商品で、輸入品ではない。相手国もアメリカよりイギリスの比重が大きかった。
②「貿易は幕府が全面的に独占し、民間商人は関与できなかった」
❌ 誤り。
幕府は条約・港を管理したが、横浜商人など民間商人も貿易取引に関与した。幕府の全面独占ではない。
③「最大の輸出品は生糸で、取引の中心は横浜、相手国はイギリスが第一位だった」
✅ 正しい。
開港直後は生糸が最大輸出品となり、横浜が主要貿易港、イギリスが最大相手国だった。輸入では毛織物・綿織物などが重要だった。
④「最大の輸出品は綿織物で、取引の中心は長崎だった」
❌ 誤り。
綿織物は主な輸入品で、日本からの最大輸出品は生糸だった。取引中心も長崎より横浜である。
覚えるポイント
- 開港後の貿易は「生糸・横浜・イギリス」の3点セット
- アメリカ後退の理由は南北戦争(1861〜65年)
- 輸出急増→物価高騰→攘夷運動の背景に
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。