RS3-022|歴史総合・世界史探究 対策問題
1871年にプロイセン中心のドイツ統一を完成させた宰相はどれか。
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正解: 4
正解
ビスマルク
この問題のポイント
ドイツ統一を主導した人物の問題。「1871年・プロイセン中心の統一」からビスマルクを特定する。
解説
19世紀のドイツは多くの領邦に分かれており、統一が課題だった。統一の主導権を握ったのが北方の強国プロイセンである。
1862年にプロイセン首相となったビスマルクは、議会の反対を押し切って軍備拡張を進めた。「現下の大問題は演説や多数決ではなく、鉄と血によって解決される」という演説から、彼の路線は鉄血政策と呼ばれる。
ビスマルクは1866年の普墺戦争でオーストリアを破ってこれを統一から排除し、1870〜71年の普仏戦争でナポレオン3世のフランスを破った。そして1871年、ヴェルサイユ宮殿でプロイセン王ヴィルヘルム1世が皇帝に即位し、ドイツ帝国が成立した。
同じころ欧米を視察していた岩倉使節団はビスマルクの演説を聞き、国力がものをいう国際社会の現実を痛感した。大久保利通らの富国強兵路線、さらに後のプロイセン憲法を模範とした大日本帝国憲法にもつながる、日本近代化との重要な接点である。
ひっかけポイント
メッテルニヒはウィーン体制(1815年〜)のオーストリア外相・宰相で時代が半世紀ずれる。ヴィルヘルム2世はビスマルクを引退させた皇帝であり、統一の宰相ではない。
選択肢の確認
①「メッテルニヒ」
❌ 誤り。
メッテルニヒはオーストリア外相・宰相としてウィーン体制を主導した人物で、プロイセンのドイツ統一宰相ではない。
②「ナポレオン3世」
❌ 誤り。
ナポレオン3世はフランス皇帝で、普仏戦争に敗れて退位した。ドイツ統一を完成させた側ではなく敗れた側である。
③「ヴィルヘルム2世」
❌ 誤り。
ヴィルヘルム2世は1888年に即位したドイツ皇帝で、統一完成時にはまだ皇帝ではない。1871年の皇帝はヴィルヘルム1世だった。
④「ビスマルク」
✅ 正しい。
プロイセン宰相ビスマルクは「鉄血政策」を進め、対デンマーク・オーストリア・フランス戦争を通じ1871年にドイツ帝国を成立させた。
覚えるポイント
- ビスマルクは鉄血政策でドイツ統一(1871年)
- 普墺戦争(1866年)→普仏戦争(1870〜71年)の順
- 岩倉使節団がビスマルクに感銘、憲法の模範もプロイセン
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。