WT4-E06歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(3) 帝国主義とナショナリズムの高揚

ドイツ統一の過程について述べた文として正しいものはどれか。

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正解: 2

正解

プロイセンがオーストリア、ついでフランスを破り、1871年にドイツ帝国が成立した

この問題のポイント

ドイツ統一の過程を問う問題。プロイセンが普墺戦争・普仏戦争に勝利し、1871年にドイツ帝国が成立した流れで解ける。

解説

ドイツ統一の主導権をめぐっては、オーストリアを含む大ドイツ主義と、プロイセン中心でオーストリアを除く小ドイツ主義が対立していた。
プロイセン首相ビスマルクは「鉄血政策」で軍備を拡張し、まず普墺戦争(1866年)でオーストリアを破って統一から排除した。
次いで普仏戦争(1870〜71年)でナポレオン3世を破り、1871年1月、占領下のパリ郊外ヴェルサイユ宮殿でヴィルヘルム1世の皇帝即位式を挙行、ドイツ帝国が成立した。
敵国の宮殿での即位はフランスの深い屈辱となり、アルザス・ロレーヌの割譲とあわせて独仏対立の火種として残った。

ひっかけポイント
統一は「オーストリアを排除して」実現した点が急所。ヴェルサイユ宮殿での皇帝即位は、第一次世界大戦後に同じ場所でドイツに講和条約を調印させる伏線として対で問われる。

選択肢の確認

①「統一と同時に共和政が採用された」
誤り。
成立したのはヴィルヘルム1世を皇帝とするドイツ帝国であり、共和政となるのは1919年のヴァイマル共和国からである。

②「プロイセンがオーストリア、ついでフランスを破り、1871年にドイツ帝国が成立した」
正しい。
正解。ビスマルクの鉄血政策のもとプロイセンは普墺戦争と普仏戦争に勝ち、1871年にヴェルサイユ宮殿でドイツ帝国の成立を宣言した。

③「オーストリアを盟主とする統一が実現した」
誤り。
統一はオーストリアを除く小ドイツ主義で実現し、普墺戦争の敗北でオーストリアはドイツから排除された。

④「フランスの支援を受けて平和的に統一された」
誤り。
統一の最終段階はフランスとの普仏戦争であり、フランスの支援を受けた平和的な統一ではない。

覚えるポイント

  • 普墺戦争1866年→普仏戦争1870〜71年→帝国成立1871年
  • ビスマルクの鉄血政策、小ドイツ主義で統一
  • 皇帝即位式はヴェルサイユ宮殿(フランスの屈辱)

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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