WT4-E14|歴史総合・世界史探究 対策問題
1871年に成立したドイツ帝国でビスマルクが行った政策として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
社会主義者鎮圧法を制定する一方、世界に先駆けて社会保険制度を導入した
この問題のポイント
ビスマルクの内政を問う問題。社会主義者鎮圧法と社会保険制度という「アメとムチ」の組合せがポイント。
解説
1871年に成立したドイツ帝国では、工業化の進展とともに労働運動と社会主義勢力が成長していた。
帝国宰相ビスマルクは、1878年に社会主義者鎮圧法を制定して社会主義政党の活動を弾圧した。これが「ムチ」である。
一方で、疾病保険・災害保険・養老保険といった社会保険制度を世界に先駆けて導入し、労働者の生活を国家が保障することで彼らを国家の側へ取り込もうとした。これが「アメ」である。
外交面では、普仏戦争で奪ったアルザス・ロレーヌをめぐる報復を恐れ、フランスの孤立化を軸に複雑な同盟網を築いてヨーロッパの平和を維持した。
ひっかけポイント
弾圧(鎮圧法)と保護(社会保険)を同時に行った点が急所。「労働運動を全面自由化」「フランスと同盟」は正反対の内容で、ビスマルク外交の軸はフランス孤立化である。
選択肢の確認
①「フランスとの同盟を最優先した」
❌ 誤り。
ビスマルク外交の軸はフランスの孤立化であり、三国同盟や再保障条約でフランスを包囲した。
②「海外植民地をすべて放棄した」
❌ 誤り。
ビスマルク期のドイツはアフリカや太平洋に植民地を獲得しており、放棄していない。
③「社会主義者鎮圧法を制定する一方、世界に先駆けて社会保険制度を導入した」
✅ 正しい。
正解。ビスマルクは1878年の社会主義者鎮圧法で労働運動を弾圧する一方、災害・疾病・養老の社会保険を世界に先駆けて導入した。
④「労働運動を全面的に自由化した」
❌ 誤り。
社会主義者鎮圧法により社会主義政党の活動は厳しく制限されており、労働運動を全面的に自由化してはいない。
覚えるポイント
- 社会主義者鎮圧法は1878年(ムチ)
- 世界初の社会保険制度を導入(アメ)
- ビスマルク外交の軸はフランスの孤立化
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。