WT2-C08|歴史総合・世界史探究 対策問題
16世紀にインドで成立したムガル帝国の第3代皇帝アクバルの政策として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
非ムスリムへの人頭税(ジズヤ)を廃止し、ヒンドゥー教徒との融和を図った
この問題のポイント
ムガル帝国のアクバルの宗教融和政策を問う問題。「アクバル=ジズヤ廃止」の一対一対応を覚えていれば即答できる。
解説
ムガル帝国は1526年、バーブルが北インドに建てたイスラーム王朝である。ただしインドの住民の多数派はヒンドゥー教徒であり、少数のムスリムが多数のヒンドゥー教徒をどう統治するかが帝国最大の課題だった。
第3代皇帝アクバル(位1556〜1605年)は融和策を選んだ。ヒンドゥー勢力のラージプート諸侯と婚姻関係を結んで味方につけ、1564年には非ムスリムに課される人頭税ジズヤを廃止した。さらに官僚・軍人に位階を与えて統制するマンサブダール制を整え、帝国の実質的な確立者となった。
この融和路線は帝国の安定を支えたが、17世紀末の第6代アウラングゼーブは厳格なイスラーム政策に転じてジズヤを復活させた。ヒンドゥー教徒やシク教徒の反発を招き、帝国は動揺へ向かった。
- 対比: アクバル=ジズヤ廃止(融和)/アウラングゼーブ=ジズヤ復活(厳格化)
ひっかけポイント
アクバル(ジズヤ廃止・融和)とアウラングゼーブ(ジズヤ復活・厳格化)の入れ替えが最頻出の引っかけ。「廃止したのはどちらか」を必ず区別すること。
選択肢の確認
①「ヒンドゥー教徒への課税を強化して反乱を招いた」
❌ 誤り。
ジズヤを復活させて厳格なイスラーム政策をとり反乱を招いたのは17世紀後半のアウラングゼーブであり、アクバルとは正反対である。
②「仏教を国教としてイスラームを禁止した」
❌ 誤り。
ムガル帝国はイスラーム王朝であり、仏教を国教としてイスラームを禁止した事実はない。
③「全インドからヒンドゥー寺院を撤去した」
❌ 誤り。
アクバルはヒンドゥー教徒との融和を進めた君主であり、寺院の撤去という説明は政策の方向と逆である。
④「非ムスリムへの人頭税(ジズヤ)を廃止し、ヒンドゥー教徒との融和を図った」
✅ 正しい。
アクバルはラージプート諸侯と結び、非ムスリムに課される人頭税ジズヤを廃止して融和を図り、マンサブダール制で統治機構を整えた。
覚えるポイント
- アクバルは第3代皇帝、1564年にジズヤ(人頭税)を廃止
- ラージプート諸侯と結び、マンサブダール制で組織を整備
- アウラングゼーブはジズヤ復活→ヒンドゥー教徒の反発で帝国動揺
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。