WT-B2-05|歴史総合・世界史探究 対策問題
秦の始皇帝が行った統一政策として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
郡県制を全国に施行し、文字・貨幣・度量衡を統一した
この問題のポイント
秦の始皇帝の統一政策を問う問題。「郡県制+文字・貨幣・度量衡の統一」という中央集権化のセットで解ける。
解説
戦国時代の中国では7つの強国が争っていたが、法家思想を採用して国力を高めた秦が、前221年に初めて中国を統一した。王は自ら始皇帝と称した。
始皇帝は周以来の封建制(一族や功臣に土地を与えて世襲支配させる制度)を廃止した。代わりに全国を郡と県に分け、中央から官吏を派遣して直接統治する郡県制を敷いた。
さらに地域ごとにばらばらだった文字(小篆に統一)・貨幣(半両銭)・度量衡(長さ・容積・重さの基準)をそろえ、中央集権体制を固めた。思想統制として焚書・坑儒を行い、北方の匈奴に備えて長城を修築した。
しかし急激な統一政策と重い負担への反発は大きく、始皇帝の死後まもなく陳勝・呉広の乱が起こり、秦は統一からわずか15年で滅んだ。
ひっかけポイント
郡県制(秦・中央集権)と封建制・郡国制(周・漢初)の対比が引っかけの定番。科挙の創設は隋の文帝で、秦より約800年も後である点に注意。
選択肢の確認
①「封建制を復活させて一族を各地に封じた」
❌ 誤り。
一族や功臣を各地に封じる封建制は周の制度で、始皇帝はこれを退けて郡県制を採用した。
②「キリスト教を国教とした」
❌ 誤り。
キリスト教が国教とされたのは4世紀末のローマ帝国での出来事で、前3世紀の秦とは関係がない。
③「郡県制を全国に施行し、文字・貨幣・度量衡を統一した」
✅ 正しい。
前221年に中国を統一した始皇帝は全国に郡県制を敷いて官吏を派遣し、文字・貨幣・度量衡を統一し、焚書・坑儒による思想統制も行った。
④「科挙による官吏登用を開始した」
❌ 誤り。
科挙を創始したのは隋の文帝で6世紀末のことであり、秦から約800年あとである。
覚えるポイント
- 秦の統一は前221年、始皇帝は郡県制を全国に施行
- 文字(小篆)・貨幣(半両銭)・度量衡を統一
- 思想統制は焚書・坑儒、科挙は隋から(混同注意)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。