WT6-W14|歴史総合・世界史探究 対策問題
1920年代の中国で第1次国共合作が成立した背景として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
孫文が「連ソ・容共・扶助工農」の方針を採用した
この問題のポイント
第1次国共合作の背景を問う問題。孫文の「連ソ・容共・扶助工農」の方針採用が答え。
解説
辛亥革命後の中国は軍閥が割拠し、統一は実現していなかった。
国民党を率いる孫文は、軍閥打倒のためにソ連・コミンテルンの支援を受け入れる決断をし、「連ソ・容共・扶助工農」(ソ連と連携し、共産党員を受け入れ、労働者・農民を助ける)の方針を採用した。こうして1924年、共産党員が個人の資格で国民党に加入する形で第1次国共合作が成立した。
孫文が1925年に病死すると、後継の蔣介石が1926年から北伐を開始した。
しかし1927年、蔣介石は上海クーデタで共産党を弾圧し、合作は3年で崩壊した。第1次合作(対軍閥)と第2次合作(1937年・対日)の目的の違いは、最頻出の比較ポイントである。
ひっかけポイント
「共産党が国民党を吸収」ではなく、共産党員が国民党に加入する形だった。第1次(1924年・対軍閥)と第2次(1937年・対日)の合作の目的の違いを混同しない。
選択肢の確認
①「日本が合作を仲介した」
❌ 誤り。
合作を後押ししたのはソ連・コミンテルンであり、日本ではない。
②「袁世凱が両党の合同を命じた」
❌ 誤り。
袁世凱は1916年に死去しており、1924年の合作には関わっていない。
③「孫文が「連ソ・容共・扶助工農」の方針を採用した」
✅ 正しい。
正解。孫文はソ連・コミンテルンの支援を受け入れ、連ソ・容共・扶助工農の方針で1924年に第1次国共合作を成立させた。
④「共産党が国民党を吸収合併した」
❌ 誤り。
合作は共産党員が個人の資格で国民党に加わる形をとったものであり、共産党が国民党を吸収したのではない。
覚えるポイント
- 第1次国共合作は1924年、孫文の決断
- 方針は連ソ・容共・扶助工農
- 1927年上海クーデタで崩壊、北伐完成は1928年
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。