WT6-I11歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(4) 第二次世界大戦と諸地域の変容

中国共産党の長征(1934〜36年)について述べた文として正しいものはどれか。

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正解: 4

正解

国民党軍の包囲を逃れて根拠地を陝西省延安へ移し、毛沢東の指導権が確立した

この問題のポイント

中国共産党の長征を問う問題。国民党の包囲を逃れて延安へ移動し、途中で毛沢東の指導権が確立した、という2点がポイント。

解説

1930年代前半、蔣介石の国民党軍は、江西省瑞金にあった共産党の根拠地へ包囲攻撃を繰り返した。
追い詰められた共産党は1934年、瑞金を放棄して大移動を開始した。約1万2500キロメートルを踏破して1936年までに陝西省延安へ到達したこの移動を長征と呼ぶ。
途中の遵義会議(1935年)で毛沢東の党内指導権が確立したことが、長征の最大の歴史的意味である。
また移動中の1935年、共産党は八・一宣言を発表し、内戦の停止と一致抗日を呼びかけた。この呼びかけが西安事件(1936年)、そして第2次国共合作(1937年)へつながっていく。

ひっかけポイント
長征は「対日決戦のための進軍」ではなく、国民党の包囲からの脱出である。長征→西安事件→第2次国共合作という抗日への流れの順序が整序で狙われる。

選択肢の確認

①「日本軍との正面決戦のための進軍だった」
誤り。
長征は国民党軍の攻撃を避けるための移動であり、日本軍との正面決戦を目的としたものではない。

②「長征の途中で共産党は解散した」
誤り。
共産党は長征を経て延安を根拠地とし、八・一宣言で抗日民族統一戦線を呼びかけた。解散していない。

③「上海から北京への短距離の移動だった」
誤り。
長征は南部の瑞金から西部を大きく迂回して陝西省に至る、1万2500キロメートルにも及ぶ行程であった。

④「国民党軍の包囲を逃れて根拠地を陝西省延安へ移し、毛沢東の指導権が確立した」
正しい。
正解。国民党軍の包囲を逃れた共産党は瑞金を放棄して陝西省延安へ移り、その途上の遵義会議で毛沢東の指導権が確立した。

覚えるポイント

  • 長征は1934〜36年、瑞金から延安へ
  • 遵義会議(1935年)で毛沢東の指導権確立
  • 八・一宣言→西安事件→第2次国共合作の流れ

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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