WT6-I19歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(4) 第二次世界大戦と諸地域の変容

1920年代のエジプトについて述べた文として正しいものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 4

正解

ワフド党の運動によりイギリスから条件付きで独立した

この問題のポイント

1920年代のエジプトを問う問題。ワフド党の運動による1922年の条件付き独立と、スエズ運河駐兵権の留保がポイント。

解説

エジプトは1882年以来イギリスの事実上の支配下にあり、第一次世界大戦中には正式に保護国とされた。
大戦後、民族自決の潮流の中でワフド党を中心とする独立運動が高揚すると、イギリスは1922年に保護権を廃止し、エジプト王国の独立を認めた。
ただしこれは条件付きの独立だった。イギリスはスエズ運河地帯の駐兵権やスーダンの支配などを留保し続けたのである。
完全独立を求める運動はその後も続き、第二次世界大戦後の1952年のエジプト革命、そして1956年のナセルによるスエズ運河国有化へとつながっていく。「独立したが運河は握られたまま」という構図が最重要である。

ひっかけポイント
「完全な独立を達成し外国軍は撤退した」が誤りの型。駐兵権の留保という不完全さが、1956年のスエズ運河国有化の伏線になる点を必ずセットで覚える。

選択肢の確認

①「フランスの植民地となった」
誤り。
エジプトはイギリスの保護国であり、フランスの植民地となったことはない。

②「オスマン帝国に再併合された」
誤り。
エジプトは19世紀を通じて事実上オスマン帝国から自立し、1914年にイギリスの保護国とされており、再併合はない。

③「完全な独立を達成し外国軍は撤退した」
誤り。
イギリスはスエズ運河地帯の駐兵権などを留保し続けたため、独立は条件付きにとどまった。

④「ワフド党の運動によりイギリスから条件付きで独立した」
正しい。
正解。ワフド党を中心とする独立運動の高揚を受け、イギリスは1922年に保護権を廃止してエジプト王国の独立を認めた。

覚えるポイント

  • エジプト独立は1922年、ワフド党の運動が背景
  • 英はスエズ運河地帯の駐兵権を留保
  • 1956年ナセルの運河国有化への伏線

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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