WT4-A02歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(3) 帝国主義とナショナリズムの高揚

19世紀前半にエジプトの近代化を進め、オスマン帝国と2度戦った総督はだれか。

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正解: 2

正解

ムハンマド・アリー

この問題のポイント

19世紀前半のエジプト近代化の指導者ムハンマド・アリーを問う問題。「ナポレオン遠征後に台頭し、オスマン帝国と2度戦った総督」という特徴で特定できる。

解説

1798年のナポレオンのエジプト遠征は、オスマン帝国領エジプトに大混乱をもたらした。この混乱を収めて頭角を現したのが、オスマン軍人のムハンマド・アリーである。1805年にエジプト総督となり、事実上の独立政権を築いた。

ムハンマド・アリーは、旧支配層マムルークを一掃し、綿花栽培の奨励、工場建設、西欧式軍隊の創設など、富国強兵・殖産興業の近代化を強力に進めた。その軍事力を背景に、シリアの領有をめぐって宗主国オスマン帝国と2度戦い(エジプト・トルコ戦争、1831〜33年・1839〜40年)、いずれも優勢に戦った。

しかし、オスマン帝国の解体を望まないイギリスなど列強が介入し、ムハンマド・アリーはエジプト・スーダンの総督世襲権と引き換えに拡大を断念させられた。

その後のエジプトは、スエズ運河建設(1869年開通)の費用などで借金がふくらみ、財政破綻から英仏の管理下に入った。ウラービー運動(1881年)が鎮圧されると、1882年にイギリスの事実上の保護下に置かれた。

ひっかけポイント
ケマル・アタテュルク(20世紀トルコ共和国)やナセル(20世紀エジプト大統領)と時代を混同しない。「近代化の先進地エジプトが借款を通じて英に従属していく」流れが問われる。

選択肢の確認

①「ナセル」
誤り。
ナセルは1952年のエジプト革命を主導し、1956年にスエズ運河を国有化した20世紀の指導者である。

②「ムハンマド・アリー」
正しい。
ムハンマド・アリーはナポレオンのエジプト遠征後の混乱を収めて総督となり、富国強兵の近代化を進め、シリア領有をめぐりオスマン帝国と2度戦った。

③「ケマル・アタテュルク」
誤り。
ケマル・アタテュルクは第一次世界大戦後にトルコ共和国を建てた指導者で、20世紀の人物である。

④「サラディン」
誤り。
サラディンは12世紀にアイユーブ朝を開き、十字軍からイェルサレムを奪回した人物である。

覚えるポイント

  • ムハンマド・アリーは1805年エジプト総督、富国強兵の近代化
  • エジプト・トルコ戦争で2度オスマン帝国と交戦→列強介入で拡大阻止
  • スエズ運河の負債→ウラービー運動鎮圧→1882年イギリス占領

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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