WT4-A01|歴史総合・世界史探究 対策問題
オスマン帝国が1839年から進めた西欧化改革を何というか。
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正解: 3
正解
タンジマート
この問題のポイント
オスマン帝国の西欧化改革タンジマートを問う問題。「1839年ギュルハネ勅令から開始」という名称と年代の対応だけで解ける基本問題。
解説
19世紀のオスマン帝国は、ギリシア独立やエジプトの自立、ロシアの南下により「瀕死の病人」と呼ばれるほど弱体化していた。この危機に対応するため、帝国は上からの近代化に乗り出した。
1839年、アブデュルメジト1世はギュルハネ勅令を発し、タンジマート(恩恵改革)が始まった。宗教の別を問わずすべての臣民の生命・名誉・財産を保障し、税制・軍制・教育を西欧型に改める大改革である。ムスリムと非ムスリムを法の下で平等に扱おうとした点が画期的だった。
改革の集大成として、1876年に宰相ミドハト・パシャが起草したミドハト憲法が制定された。議会の開設を定めた、アジア初の憲法とされる。しかしスルタンのアブデュルハミト2世は、1877年の露土戦争の勃発を口実に憲法を停止し、専制政治に戻ってしまった。
この憲法が復活するのは、1908年の青年トルコ革命を待たねばならない。日本の明治維新と並ぶ「上からの近代化」の代表例である。
ひっかけポイント
ペレストロイカ(1980年代ソ連)、洋務運動(清)、ニューディール(1930年代アメリカ)はいずれも国と時代が異なる。タンジマート開始(1839年)とミドハト憲法(1876年)の年号の入れ替えにも注意。
選択肢の確認
①「洋務運動」
❌ 誤り。
洋務運動は清が1860年代から進めた中体西用の近代化であり、オスマン帝国の改革ではない。
②「ニューディール」
❌ 誤り。
ニューディールは世界恐慌に対して1930年代のアメリカでローズヴェルトが進めた政策である。
③「タンジマート」
✅ 正しい。
オスマン帝国は1839年のギュルハネ勅令からタンジマートを開始し、宗教を問わない臣民の権利保障や税制・軍制の西欧化を進めた。
④「ペレストロイカ」
❌ 誤り。
ペレストロイカは1980年代後半にソ連のゴルバチョフが進めた改革であり、国も時期もまったく異なる。
覚えるポイント
- タンジマートは1839年ギュルハネ勅令から開始した西欧化改革
- ミドハト憲法は1876年制定、アジア初の憲法とされる
- 露土戦争を口実に憲法停止→1908年青年トルコ革命で復活
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。