WT4-E07|歴史総合・世界史探究 対策問題
1861年にロシアのアレクサンドル2世が行った改革はどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
農奴解放令の発布
この問題のポイント
アレクサンドル2世の改革を問う問題。クリミア戦争敗北を契機とする1861年の農奴解放令が答え。
解説
19世紀半ばのロシアは、人口の大半が領主に縛られた農奴という後進的な社会だった。
クリミア戦争(1853〜56年)の敗北で近代化の遅れを痛感した皇帝アレクサンドル2世は、1861年に農奴解放令を発布し、農奴に人格的な自由を与えた。
ただし土地は無償では渡されず、農村共同体(ミール)が有償で買い取る形だったため、農民の負担は重いままだった。
この不徹底さへの失望が、知識人が農村に入って改革を説くナロードニキ運動や、のちの革命運動の背景となる。アレクサンドル2世自身も1881年に暗殺された。
ひっかけポイント
十月宣言(1905年・ニコライ2世)、ペレストロイカ(1980年代・ゴルバチョフ)、五カ年計画(1928年〜・スターリン)と時代も人物も異なる。「敗戦→改革」の型で覚える。
選択肢の確認
①「農奴解放令の発布」
✅ 正しい。
正解。クリミア戦争の敗北で後進性を痛感したアレクサンドル2世は1861年に農奴解放令を出したが、土地は有償で改革は不徹底に終わった。
②「十月宣言の発布」
❌ 誤り。
十月宣言は1905年の第1次ロシア革命に際してニコライ2世が国会開設を約束したものであり、時期も皇帝も異なる。
③「ペレストロイカの実施」
❌ 誤り。
ペレストロイカは1980年代にゴルバチョフが進めた改革であり、約120年後の出来事である。
④「五カ年計画の開始」
❌ 誤り。
五カ年計画は1928年からスターリンが実施した計画経済であり、帝政期の改革ではない。
覚えるポイント
- 農奴解放令は1861年、アレクサンドル2世
- 契機はクリミア戦争の敗北
- 土地は有償でミールへ、不徹底が革命運動の温床に
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。