WT-C3-03|歴史総合・世界史探究 対策問題
宗教改革の始まりについて述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
1517年にルターが九十五カ条の論題を発表し、贖宥状の販売を批判した
この問題のポイント
宗教改革の発端を問う問題。「1517年・ルター・九十五カ条の論題・贖宥状批判」のセットで解ける。
解説
16世紀初め、ローマ教皇レオ10世はサン・ピエトロ大聖堂の改築資金を集めるため、購入すれば罪の償いが軽減されるとする贖宥状の販売をドイツで大々的に認めた。
ヴィッテンベルク大学の神学教授ルターは1517年、この販売を批判する「九十五カ条の論題」を発表した。彼は、人は善行や献金ではなく「信仰によってのみ義とされる」と説き、信仰のよりどころは聖書のみであるとした。
教皇から破門されてもルターは主張を撤回せず、聖書のドイツ語訳を完成させて民衆が直接聖書を読める道を開いた。グーテンベルクの活版印刷術がその主張とドイツ語聖書を急速に広めた点も重要である。
こうしてヨーロッパはカトリックとプロテスタントに分裂し、スイスでのカルヴァンの改革(予定説)、イギリス国教会の成立(首長法、1534年)へと宗教改革は広がっていった。
ひっかけポイント
カルヴァンはジュネーヴの改革者で教皇にはなっていない。ルター(1517年・ドイツ)→カルヴァン(スイス)→国教会(1534年・イギリス)の順序と地域の対応をずらす選択肢に注意。
選択肢の確認
①「1517年にイエズス会が解散を命じられた」
❌ 誤り。
イエズス会はイグナティウス・ロヨラらが1534年に結成した対抗宗教改革の修道会で、1517年にはまだ存在していない。
②「1517年にイギリス国教会がカトリックに復帰した」
❌ 誤り。
イギリス国教会は1534年の国王至上法によって成立した教会であり、1517年にはまだ存在していない。
③「1517年にルターが九十五カ条の論題を発表し、贖宥状の販売を批判した」
✅ 正しい。
ルターは1517年、サン・ピエトロ大聖堂の改築資金のための贖宥状販売を批判して九十五カ条の論題を発表し、宗教改革の口火を切った。
④「1517年にカルヴァンがローマ教皇に就任した」
❌ 誤り。
カルヴァンはジュネーヴで改革を進めたプロテスタントの指導者であり、ローマ教皇に就任することはあり得ない。
覚えるポイント
- 1517年ルターが九十五カ条の論題で贖宥状を批判
- 主張の核心は信仰義認と聖書中心主義
- 活版印刷が改革思想の拡散を支えた
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。