WT8-B22|歴史総合・世界史探究 対策問題
宗教改革後のカトリック側の対応(対抗宗教改革)として正しいものはどれか。
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正解: 3
正解
トリエント公会議で教義を再確認し、イエズス会が海外布教を進めた
この問題のポイント
対抗宗教改革の内容を問う。トリエント公会議による引き締めとイエズス会の海外布教という2本柱で判断する。
解説
前提として、1517年にルターが始めた宗教改革でプロテスタントが広がり、カトリック教会は勢力立て直しを迫られた。これへの対応を対抗宗教改革と呼ぶ。
柱は2つある。
- トリエント公会議(1545〜63年):教皇の至上権とカトリック教義を再確認し、禁書目録の制定や宗教裁判の強化で内部を引き締めた。プロテスタントとの合同や教皇制廃止は正反対の内容である
- イエズス会(1534年結成):イグナティウス・ロヨラやフランシスコ・ザビエルらが結成した修道会で、ヨーロッパ内での失地回復とともに、アジア・アメリカへの海外布教を担った
ザビエルの日本来航(1549年)、マテオ・リッチの中国布教はこの流れの中にある。ヨーロッパの宗教対立が世界布教を加速させたという因果の向きが、日本史接続で最頻出である。
ひっかけポイント
トリエント公会議は教義の再確認・引き締めであり、プロテスタントへの譲歩や合同ではない。ザビエル来日(1549年)が対抗宗教改革の産物という因果も問われる。
選択肢の確認
①「聖書の印刷を全面的に解禁して各国語訳を奨励した」
❌ 誤り。
カトリック側はむしろ禁書目録を定めて聖書解釈を教会が管理した。各国語訳の奨励はルターらプロテスタント側の特徴である。
②「教皇制度を廃止した」
❌ 誤り。
公会議は教皇の至上権を再確認しており、教皇制度の否定はプロテスタント側の主張である。
③「トリエント公会議で教義を再確認し、イエズス会が海外布教を進めた」
✅ 正しい。
カトリック教会はトリエント公会議(1545年から63年)で教義と教皇の至上権を再確認し、1534年結成のイエズス会がアジアやアメリカへの海外布教を担った。ザビエルの来日もこの流れの中にある。
④「プロテスタントとの即時合同を決めた」
❌ 誤り。
トリエント公会議はプロテスタントの主張を異端として退けており、即時の合同を決めた事実はない。
覚えるポイント
- トリエント公会議(1545〜63年)で教義再確認
- イエズス会(1534年結成)が海外布教を推進
- ザビエル来日は1549年、対抗宗教改革の一環
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。